壱之巻・始

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それから、刻は少しばかり過ぎ黄昏に誘われるに近き頃ー…… 児雷也之國の良き町を荷を負う馬を連れゆっくりと……慈しむ様歩くは椎弥。 右之方を見ても、左之方を見てもこの之國に住まう民はいつも幸せそうで 光に満ち溢れている…こんな極楽之地、見たことがないといつも感動の限りをこの町へ向けていた。 『おお、咲雲様、今日はお出かけで?』 『咲雲の旦那様、寄って行っておくれよ』 『今日は継承之儀だってねえ、若様も大きく成られて』 『稲荷様にも宜しくねえ』 町之民が口口にと声を掛ける。 それはどれも笑顔で若様ー新しき将軍となった井小夜を心から祝福を向けていた。 今日 これからその幸が奪われると言うに……呑気な奴等だ。 ー仕事が終わり、この之國が捌束脛之國になったとき 褒美としてあの城は我輩の者になる その後に、兄はこの之國を任せるつもりだと辰巳が言っていた。 そうして此の之國、あの座に鎮座する我輩を見 どの様な言葉を向けるだろうか どの様な目を向けるのだろう…… ーそうして町を抜けると、辺りは鬱蒼と木々が支配する。 この捻れた木を抜け、まっすぐ弐拾…そして左へ伍拾と歩き丑の方角まで真っ直ぐそして……… 歩き慣れた順路を思い出しながら進んで征けば古びていながらも立派な神楽殿が椎弥を迎えた。 古くも大きな神楽殿は広大な湖の上に存在し、足元ではちゃぷんと水が跳ねている。 誰かの所有物ではないのだろうか? 馬を繋ぎ躊躇なく中へ入り込んだ椎弥はその奥へと足を運んだ。 はらはら儚くと舞い散るは蝋梅の花びら。 それがこの湖に建つ神楽殿を壱層芳しく彩っていた。
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