壱之巻・始

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城下の町から外れた閑寂の神楽殿。 海と見惑う程に広い湖は魚が踊るか、ちゃぷんと心地よい音を奏でている。 『ねえ、つっちーって、此処に来て何年だっけ』 勧められても決して呑まず、ふたりへ黙黙と酌をする椎弥。 いざという時 自身が酔い潰れては辰巳に何という顔をされるか…… 又、失敗したらと思うと酒等進むものか。 酒は呑むが下戸である井小夜の杯へ甘口の酒を注いでいると……彼からそんな言葉が飛ばされた。 『…拾年になります』 『そっかあ。もう拾年も壱緒にいるんだ!な!』 と嬉しそうな顔を向ける井小夜。 椎弥はそれから顔を背ける様に紅蓮へ顔を向けると呑みかけの杯に酒を足す。 その背を、つまらなそうな顔で見詰める井小夜。 『…紅蓮は何年だっけー?』 と寂しげな声を向けた。 『僕は弐拾年』 『…つっちーの方が大人っぽいから紅蓮まだ参年くらいだっけとか思ってたわ!!』 『誰が井小夜のおしめを取り替えてあげたというのか』 あっはっは、 とまるで無理に笑う様に声を上げた井小夜に紅蓮の怒りは自然と言葉に乗った。 『よおし!!!』 と井小夜が勢いよく立ち上がる。 腰に差していた扇子を取り出すと踊り場へと足を滑らせた。 『今日は紅蓮とつっちーにお礼の舞!!踊るぞ!』 酒が回っているのか、井小夜の顔は紅梅の様に紅く染まっている。 『稽古になると逃げるくせに自分から舞うんだ』 ふうん、とわざと冷たく返す紅蓮に対し、井小夜が扇子で頭を叩いた。 『おっ!!!俺は!!人に強制されるのが嫌いなの!!!型とかどうでもいいから好きに舞わせろ!!!』 いったあ、と蹲る紅蓮。 彼を余所目に井小夜は椎弥を模した様に黒い仲骨に紅の羽と飾りをつけた扇子を開いた。
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