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月を背に負う井小夜。
幻夢の如く様になるその姿は妖しく輝き
『舞は神様への感謝を意味してるんだよ だから俺は人に感謝した時じゃないと舞わない』
そう言うと、扇子を掲げ優雅に回り始めた。
刻が遅く感じる、彼の力強く在りながら優雅な舞は言葉を発する事も忘れ
目を逸らせる事を赦さず弐人を釘付けとする。
彼が舞うとまるで風が遊んでいる様に吹き始めた。
彼の舞はある種 男性だと言う事も忘れる程に儚く美しいもので
遊ぶ風は蝋梅の花びらを纏い彼の周りを輝かしく彩る。
心無しか……身体に、御霊が温かく幸福に満たされる気持ちと相重なった。
ー邪を討ち払い幸せを呼ぶと言われる児雷也之國将軍家でも能力を引き継ぐものは稀とされる中……井小夜はその力を持って生まれた。
他にも舞う事により効果を感じられる将軍家は居るが…井小夜の舞は其と格が変わる。
ーまあ 我輩には関係のない話だー
そうして、壱頻り彼は舞を楽しみ、彼等へ披露をすると再び椎弥の隣へ。
暫く酒を煽った弐人は気持ちよさそうな寝息を立て、寝てしまった。
ーーーーー
安らかな寝息を立てる弐人の傍で月を仰ぎ正座をするは椎弥。
蜘蛛之巣模様があしらわれた短刀を握り締めていた。
『ーこれで…全て終わる…』
きぃん、と高らかな音を立て柄から刃を覗かせると 天満月の様な己の瞳が映りこんだ。
『…そうか…全部 全部おわるのか』
己が吐き出した言葉であると言うのに…それに悟らされた様に“全部終るのか”と何度も口にする椎弥。
ぽつり、ぽつり。
短刀を握る手に雫が
空の天満月は眩しいくらいに輝いている どこに雲等が咲いているものか。
『…何故…拾年も………こんな……っ!!』
その雫は 彼の瞳から留める事を赦してくれる筈も無く
刀を強く握り蹲るその背を大きく震わせていた。
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