壱之巻・始

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ー 弐人が気持ち良く寝息を響かせる神楽殿は宵の藍に見合う深き色を染み渡らせ 先ほどまで輝いていた天満月はより高く昇り、水に建つが故に参人が居る神楽殿は水中にも似た冷えが襲った。 『……ん………………』 囁かながら言葉を交わす者が居る……椎弥と井小夜であろうか。 獣の耳を持つからかー…その声が耳に障り、紅蓮が眼を覚ました。 『ふわ……あれ……』 獣牙が生える大きな口を開き空気を取り込むと、その傍らで眠る井小夜が目に留まった。 話をしているのは誰だ? そして、彼が起きた事によって井小夜もまた眼を覚ました…嗚呼、覚ましてしまった。 『…おや』 そう響いたのは椎弥の声ではない。 『眼が覚めてしまいましたか……本に眠りが浅かったようで……』 井小夜にとって、椎弥に紅蓮ほど聞きなれたものではなかったその声色。 しかし城で聞き覚えのある声にその姿を探すと、立ち上がり己を見下ろす椎弥の後ろで其を確認できた。 いつもの格好でなく…まるで忍ぶ者ににた菖蒲色の装束を身に纏うは椎弥と共に捌束脛之國より奉公に来た辰巳。 そして、弐人の手に握られるは……人をあやめる道具。 飢えた獣の瞳に近きそれは 短刀だと言うに大太刀の如く光を反した。 其をまなこに捉えた彼の知能は賢者に近いらしい…血相を変えた紅蓮が井小夜の前に立ちはだかった。 『捌束脛之國…それが本性かい!!!』 水面が弾かれる その叫びに湖の魚が慌て惑う。 『え』 『何』 壱の数…状況が理解できないらしく、井小夜が狼狽えた。 『君達はこの之國を取るために来たのか!!!』 其は 此の時代にはぴたりと合う 此の之國には誠似合わぬ言葉で在った。
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