壱之巻・始

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刻が止まってしまった様な錯覚に見舞われる程 静かだ。 そして それは霞む吐息により 再 今生は動きし生を刻む現実と思い知らされる 『はあ…っ…は……』 紅蓮の唇から震える吐息が椎弥の耳元で響き 長い前髪を揺らした。 更に深くと突いた短刀を揺らせば 其を伝う紅い雫 『…………兄の命令は』 ぼたぼたと止め処なく零れる生命は紅蓮の白い着物を紅く染める。 絶望の顔を向ける紅蓮は濡れた自身の腹部を見つめ肩を震わせた。 『……絶対だ……!!』 そう言い刃を抜いた椎弥。 椎弥の左手は返りし血か……真っ赤に染まる。 紅蓮が膝を崩し、うつ伏せで意識を手放した。 嗚呼 静寂と言うものが似合いし絶望 奥では倒れこんだ紅蓮に“最悪”を重ねた井小夜が腰を抜かしその場に留まる。 その顔もまた 絶望に近いもので…堪えられない涙を流しながらぼうっと椎弥を見上げた。 霞む世界 宵の闇と椎弥が重なり 溶ける 光の様な月が 眩むほどに輝いていた。 『つっち…何で…?』 かすれる様なその声は 今までに聞いたことがない程に悲しみが彩られていた。 ……が。乱世の炎纏いし修羅今生ー。 情け等は無用か。 瞬く速さで背後に回った辰巳が井小夜の腕を組み押さえつけた。 軋む身体に見合い痛みが走る 『全くこれだから呆けた之國は…』 呆れた様に辰巳が井小夜を。此の之國を本日より統治する筈である将軍を見下す。 『…若様……今が乱世とお忘れでしょうか』 椎弥の静かに放たれた言葉に 井小夜ははっと息を呑んだ。
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