壱之巻・始

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『無防備なんですよ この之國は』 前へ前へ 向かうは井小夜へ 揺らり、揺らりと歩み寄る。 嗚呼 その刃で紅蓮と同じ様に貫かれるのか。 寒くも無し 病んでも無し。唯恐怖に身体が震える。 『大丈夫ですよ。蛙鳴家の壱族も先に待っていらっしゃいますから』 情の欠片さえも与えない辰巳の言葉に 井小夜はある種激昂したかの様な視線を向けた。 『父上と母上も…皆を殺したのか…!!!!!!』 赦さぬと言った言葉を向けようとしたが……がっ と井小夜の肩を掴んだ椎弥。 今迄見た事の無き彼の恐るべき修羅の眼に井小夜の身体が恐怖に跳ねる。 肩を握るその手は真っ赤に濡れていた。 高らかに刃を振り上げた椎弥…嗚呼、命乞いなどしても無理だろう 俺の天命は…此処までか 『…済まぬなあ』 その声が水面を叩く様響いた。 振り下ろされる短刀がひゅっと風の唄を纏う 井小夜が眼を綴じ終りし我が天命を受け入れた。 ー!!!! 『ぁ…………がっ……!!!!』 大きく響いた鈍い音 天満月に照らされた幽玄なる神楽殿の床を紅く染める。 生贄を捧げられし様 乾いた床は紅き生命を吸い喰らう。 『っあ……く……!!!』 苦しみの声を洩らしたは我が同志 深く貫かれたのはー……井小夜でなく 辰巳の左肩だ。 『ちっ……!』 椎弥の舌打ちが響いた。 余りにも突然の事で 動揺に我を見喪いし辰巳は井小夜を掴み拘束していた手を離してしまい その刹那に見せた隙を逃がすべからず。 乱暴では在ったのだが井小夜の細い腕を掴み己の後ろへ引き擦る様に引き寄せた 椎弥。 荒い呼吸は治まらず響き渡った
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