壱之巻・始

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『郎女(いらつめ)様も、椎弥様と久しぶりに会うことを楽しみにしておられましたよ』 鋭き眼は椎弥の顔を覗こうと目論む。 だが、凪いだ空を仰ぐ儘の椎弥へ合わせる事は赦されなかった。 刹那の凪……そしてひゅうと入り込む風はまだ寒さに耐える暦なのだと思い知らされた。 『じきに我輩の耳にも入ろう…夜 裏御殿の部屋で待つ』 その言葉を残し、椎弥は辰巳へ背を向け、橋を後にした。 『……あにさま……か……』 兄ー郎女と聞き思い返すは子供の記憶しかない。 ーねえ、椎弥ぁ。お願いがあるのだけれども もう拾年も前になろうか。 あの“お願い”を耳にしたのは、そんなにも昔か……昨夜の様にも感じる。 『天下取りの準備として、まずは隣の児雷也之國が欲しい』 ー吾輩は、捌束脛之國将軍、咲雲郎女の弟。 その“御願い”で大老を務める辰巳と共にこの児雷也之國を取る為に忍び込んだ。 ー身を粉にして働き老中にまで成り上がったのも児雷也之國将軍蛙鳴家の信用を得、油断と情報を誘うため。 総ては唯の壱に残る家族の為 そして母国捌束脛之國の為 そして……我輩の生命の為。 来るその日を待ち続けて。 その日は漸くやって来るのか。 ーこのような平和に呆けてしまった之國に居て忘れてしまいそうだが…時は乱世。 子から猪全ての方向に目をくれても天下を目論む之國ばかり その戦火が今まで及ばなかったのが… このように平和であると言うことが 誠にをかしき哉をかしき哉。
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