壱之巻・始

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『つうーーーーーーーっちいーーーーーーーーー!!!!』 寒空に突如として響くのは、その寒ささえも吹きとばしてしまいそうな明るい声色。 辰巳と別れ、木々の成長を慈しむ様にゆっくりと歩いていた椎弥。 からん、ころん、と下駄を鳴らしゆっくりと歩いていた所だ。 木へ羽を休めていた小瑠璃が驚いて羽ばたき逃げてしまった。 『いた!!!みーっけた!!!』 その正面から、勢い良い声に見合う通った明るい声が再び響き渡った。 『!』 辰巳の言葉を聞いた後というのも合い重なり、槌で叩かれた様に胸が大きく脈を打つ。 その影は、勢いを緩める処か速さを増し椎弥の懐へ飛び込んだ。 『若様……また逃げ出されたのですか……今は舞の稽古中では有りませぬか』 ぽっくりにも似た厚い下駄を履き漸く椎弥の鼻先に届く『若様』と呼ばれる青年。 まず印象に残るのは思色の眼が沈み逝く夕日の様に赤く揺らめいている。 栗色の髪は軽い風に乗り、長い前髪を後方に回し組紐を蓮の形に似せた髪留もその薄い髪色には良く映えた。 之國々の将軍が羽織る煌びやかな装束に身を包んだ蛙鳴家の若……井小夜は壱度椎弥さら離れるとそれは嬉しそうな顔で瞳を見つめる。 弐之数握りしめていた扇子。 其れを乱暴に帯へ仕舞うとそのまま椎弥へ縋り付いた。 『そっ!!!探したんだぞつっちー!どこ行ったのかと思った!! 助けて!!鬼が来る!!』 井小夜はぜえぜえと息を切らせ、白い袴の所々を土色に染めている…さぞかし椎弥を探したのであろう。 しかし、その背を受け止めるも支えるもしない椎弥。 ふう、とため息を吐き彼の肩を掴むと無理矢理に引き離した。 『………若様、成りませぬ。 私のような下郎の所在を得るためにお召し物を汚されるなど』 『でも』 『成りませぬ』 彼の声を遮り、例え自身を探す為に取った行動と解っていたがその行為を諫める。 そして、 冷たく突き放す様に首を横に振ると井小夜はつまらなそうに大きな口を尖らせた。 image=502745401.jpg
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