壱之巻・始

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井小夜が立っていたのは本丸と弐之丸の丁度境。 大木を削り出し作られたであろう大きな門から手が生えた様に、逃げ出したの若の首根っこを掴んだ。 『げっ!!』 その掴んだ主を姿見ずに悟った井小夜は何とも憐れと自身を慰める様な顔を見せた。 『ったく 誰が鬼だってえ?全く、あちこち飛び回って探す僕の身にもなれば逃げる気なんて失せるかなぁ? ほら帰るよ!!稽古から逃げてばかりでもう!!ほんっと井小夜なんだから!!』 ずるずると引き摺られる井小夜。 最後の足掻きと椎弥の手へ縋ろうと思ったが、それは叶わなかった。 『もーー!紅蓮の馬鹿、鬼!!本当にうっせぇ、ばーか紅蓮なんか花街でも行ってろ馬ぁ鹿!! しかも俺のこと呼び捨てにすんなばーーーっ!かっ!!! 若様って呼べよばーーーか!!!』 『逃げたのは井小夜でしょうが。逃げなければ直ぐにに終わる稽古なんだから壱壱逃げないの。 ーつか馬鹿って言いすぎ!!!!』 そうして、紅蓮と呼ばれた男に引き摺られた井小夜は嵐の様に去る…。 そして、ぎゃんぎゃんと暴れ犬を彷彿とさせる彼の背を椎弥…捌束脛之國から忍び込んだ裏切り者は静かに そして 悲しそうに見つめた。 ーそう。 その戦火が及びやすいのだ この恵まれた国は。 ……仕方ないのだ。 ーーーーーー 宵闇が天を支配し、どれだけの刻が経過したであろうか。 多くのものが眠りに就いた裏御殿の中で囁く声が聞こえる。 ちいさな行灯に火を灯し、鬼灯色にゆらめく炎が暗夜を照らす。 『椎弥様』 その声色が響くは屋根裏。 その持ち主は大人びた少年の様な、あどけなさが残る辰巳のものだ。 『入れ』 短く返すと天井の壱部が外され辰巳が飛び降りる。 静かに着地をし、椎弥を見つめると深く頭を下げた。
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