壱之巻・始

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ーーーー 『捌束脛之國より奉公に参りました。咲雲椎弥と申します』 拾年も前ー兄の命により辰巳と弐人でこの児雷也之國へ奉公に…いや、忍び込んだ。 そんな事を桜花の花弁程も疑わない将軍夫妻は我輩…そして辰巳を快く受け入れた。 『捌束脛之國の咲雲郎女将軍から話は聞いている 我が児雷也之國の豊かな文化を学ばせたいと言ったな』 『その通りにございます。粗相あると存じましょうが なにとぞ宜しくお願い申し上げます』 『して咲雲のー……』 将軍との言葉を割り込んで、頭を垂れる吾輩の胸倉を掴み引っ張った幼子。 今日の様に、飛びつき……壱の疑いも無き澄んだ眼で此の眼を覗き込むは…我輩よりも幼き若様だった。 『井小夜!!この父が話をしていると言うのに!!』 『まあ井小夜と言ったら、礼がなっておりませんよ!!』 顔を赤らめ恥に伏す母と嗜める父。 そんな小さき事を微塵とも気にせずその幼子は我輩に微笑み掛ける。 『わー!!ちちうえ、ははうえ!!このひと、おれの新しい友達?』 ……その時は 何も感じなかった。 我輩は…物心というものを得たときから…ずっと暗殺の事しか仕込まれなかった。 その笑みが何を意味しているのか 解らなかった。 『俺、いさや!!これからよろしくな!今日からいーっぱい遊んでくれよ!!名前は?!』 『…………つちや……』 『そっか!!じゃあ“つっちー”な!』 にこにこと笑い我輩に抱きついて離さぬ弐之数下の幼子の手が何故こんなにも暖かいのか 解らなかった。 他人を殺める事しか無い我輩は 生きている人間の温かみなど解る訳がなかった。 ああそうか 幾年後の日…… いずれ将軍と成った刻に殺す標的か ……そうとしか思わなかった。 ー兄の“命令(おねがい)”を完遂できなかったときの恐怖しか考えられなかった。
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