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しかし、安い宿には危険も大きい。
「いや、いいよ。間に合ってる」
トマスは言葉を返しながら、素早く辺りを見渡す。
どう動く?
どう逃げる?
「悪いけど、入らせてもらうよ」
声と同時に、扉の開く音。鍵はかけてあったはずだが、外にいる者たちには意味をなさなかったらしい。あるいは合鍵を持っていたのか。
いずれにしても、扉は簡単に開いた。部屋の中に、数人の男たちが侵入して来る。
だが男たちが見た光景は、床に転がった死体と、開かれた窓だけだった。
しかし、男たちの反応も早い。一人の男が窓に近づき怒鳴った。
「一人逃げたぞ!」
次の瞬間、響き渡る銃声――
・・・
七月二十一日
銃で撃たれたのは、生まれて初めての体験だった。幸いにも弾丸は外れたが……その時、自分の体を支配していたものは恐怖心だ。そう、奴らは本気で自分を殺す気だった。本物の殺意を前にして自分は恥も外聞もなく怯え、場所も確かめずに逃げることしか出来なかったのだ。
クソが……。
こんな所で死んでたまるかよ。
生きて帰って、ベッキーよりもいい女を見つけてやるぜ。
トマスは拳銃を構えた。呼吸を整え、じっくりと待つ。
「どこ行ったんだ? 隠れてないで出て来い。命だけは助けてやるから」
男はすたすたと歩いてくる。何の警戒心もない。勝利を確信しているらしい。安宿に泊まる旅行者を襲うことで、生計を立てているチンピラなのだろう。
「出て来いよ。出て来ないと、警察にチクッちまうぞ? 友だちがクリスタルのやり過ぎで死んじまったんだろ? どうすんだよ? オレたちがチクッたら、国で逮捕されるぜ」
男はこちらに近づいて来ている。七メートルほどの距離か。トマスがどこにいるのか、まだ把握できていない。
まだ遠い。
男が近づいて来る。その手には、鉄パイプが握られていた。トマスは心の中で苦笑する。この男は自分のことを、鉄パイプ一本で簡単に仕留められる獲物だと思っているのだろう。
獲物はどちらなのか、いま教えてやる。
仲間を呼ぶ前に、確実に仕留めてやるよ。
五。
四。
三。
今だ――
トマスは狙いをつけ、トリガーを引く。
銃弾は見事に、男の眉間を貫いた。
・・・
七月二十一日 夜
「親父、全部終わった。ベンは死んだよ。ちょいとトラブったけど、何とか無事だ。明日には帰る」
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