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露骨に不快な顔をするベッキー。だが、ベンはそれに気づかない。ニヤニヤしながら、同じ質問を繰り返した。
トマスにはわかっている。ベンには悪気は無い。ただ頭が悪く、聞いていい事と悪い事の区別がつかないだけなのである。
さらに、もう一つわかっていること。自分はベンに逆らえない。また、ベンの機嫌を損ねてもいけない。それはトマスの身体と心を縛りつけて支配している、昔からの暗黙の掟だった。
だが、ベッキーにそんなことが理解できるはずがない。二人きりになった時、彼女は自分を庇おうとしなかったトマスをなじった。そこから口論になり、二人は別れてしまったのだ。
トマスはベッキーと別れた。だが、ベンとの付き合いは続いている。そしてベンには、トマスとベッキーの間に亀裂を生じさせたのは自分である、という意識は欠片ほども無い。
「なあトマス、お前エメラルド・シティって知ってるか?」
ベンが尋ねてきた。トマスは顔を上げ、頷く。
「うん、聞いたことはあるよ。なんか、逃げ込んだ犯罪者たちが集まって出来た街だろ。今じゃあ、スラム街になってるって話も聞いたな」
「バカ、違えよ。あそこは単なるスラム街じゃないんだ。今では、色んな遊び場があるのさ。ここだけの話だがな、オレこの前、親父と一緒に行ってきたよ」
「ええ!? 本当かよ! 本当にお前、あの街に行って来たのか!?」
トマスは驚きのあまり、思わず叫んでいた。もっとも、ベンの言葉は、一人の少年に叫び声を上げさせるには充分過ぎるものだったのだが。
「ああ、凄かったぜ。あん中はな、何やってもいいんだよ。街中で堂々とクリスタルやってる奴もいるしな。バトルリング、ってのも観た。あれも凄かったぜ……本物の殺し合いなんだよ。化け物みたいな奴らが、金網の中で殴り合っててさ」
「へえ、凄いな」
そう言ったトマスに、ベンはニヤリと笑って見せ、周りの様子を窺う。教室にはまだ数人の生徒が残っているが、どこか殺伐とした雰囲気だ。もうじき受験である……それも致し方ないのかもしれない。
だが、ベンは呑気なものだ。父親のコネを使い、入る大学は既に決定しているのだから。あとは……よほどバカなことをしでかさない限り、進学は問題ないはずだった。
しかし、ベンという男は生きている限り、何かをしでかさないといられない性分であるらしい。
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