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七月二十一日
トマスは気も狂いそうな恐怖の中で、冷静さを取り戻そうと試みた。
まず、音を立てずに深呼吸する。呼吸を整えながら、これまでしてきた訓練を思い出す。このような状況を切り抜けるため、他の少年たちとはかけ離れた生活をしてきたのだ。
そう、トマスのこれまでの人生において、プライベートな時間などというものはほとんど存在しなかった。学校ではベンのお守り。家では父親との戦闘訓練。ベッキーと付き合っていた頃は、その合間に時間を作り、デートしているといった具合だった。二人きりで会える時間など、ほとんどない。遠距離恋愛も同然だった。
そして今日は、初めての仕事である。途中までは上手くいっていたのだ。
しかし、想定外の事態になってしまった。
何故、こんなことになってしまった?
オレはいつも通り、ベンの動きを見届けるだけの役目のはずだったのに。
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七月二十日日 夜
ベンは胸を押さえ、もがき苦しんでいた。トマスを睨みつけ、喚きちらす。本人以外には意味不明な言葉だ。さらに立ち上がり、トマスの方に手を伸ばす――
だが、ベンは床に倒れた。うつ伏せのまま、顔だけを上げる。今度は哀願するような表情。金魚のようにパクパク口を開ける。何かを言おうとしているが、言葉が出てこない。
もっとも、トマスには何も出来ない。もがき苦しむベンを、じっと見下ろしているだけ……こうなったら、助けることは不可能だ。トマスにはベンの命を救えるほどの医学知識や技能は無い。救う気も無いが。
やがて、ベンは床の上でガクガク痙攣し始めた。ややあって、動きが完全に止まる。
トマスにとって、非常に面倒くさいことだったが、しなくてはならないことがある。まず脈を見た。次に心臓の鼓動を聞いてみる。
間違いなく死んでいる。何とも無様な死に方だ。しかし、感傷に浸っている暇はなかった。ここから早く出なくてはならない。トマスは手早く荷物をまとめた。
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