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七月二十一日
呼吸が整ってくると同時に、恐怖心も収まってきた。同時に頭も働き始める。襲撃者は素人だ。プロの殺し屋ではない。もしプロだったなら、自分はとうの昔に殺されていた。先ほどまでのトマスは、恐怖で我を忘れていた……情けない話ではあるが、これまでの訓練で身に付けたはずのものが、全て消し飛んでいたのだ。
だが素人なら、勝ち目はある。トマスは隠し持っていた拳銃を取り出し、安全装置を外した。その時――
「おい、いるんだろ? さっさと出てこいよ」
からかうような声が、廃墟に響き渡る。トマスは顔を上げ、体を起こした。声を出してくれたおかげで、相手の位置がわかった。トマスは拳銃を構え、狙いをつける。目は暗闇に慣れてきた。うっすらとではあるが、敵の姿が見える。トマスは拳銃を構え、狙いを定めた。
さっさと終わらせよう。
そして、家に帰ろう。
・・・
七月二十日日 深夜
トマスは荷物を持った。あとは、ここを離れるだけだ。全ては予定通りだ。ベンが声をかけてきた売人からクリスタルを買い、静脈に射ち込む……もっとも、買ったクリスタルには毒物が混じっていたのだが。ベンは何の疑いも無く、実にあっさりと射ち込んでくれた。ほんの欠片ほどの疑いもなく。ヤク中は愚かな生き物だ。薬物への欲求が、危険に対する警戒心をも消し去っていき……結果、破滅していく。
トマスは、死体となったベンを見下ろす。この男は幼い時からバカだった。ワガママで、空気の読めない坊っちゃん育ちの愚か者。薬物がそのバカさ加減に拍車をかけたのだ。今、その報いを受けることとなった。
「おやすみ、ベン。もう、オレの人生には関わらないでくれ」
横たわるベンにそう言った後、トマスは顔を上げる。自分のやるべきことは終えた。あとは引き上げるだけだ。トマスは足早に立ち去ろうとした。
だが、異変に気づく。扉の向こうから、数人の男の気配。さらに、声が聞こえてきた。
「おい、開けろよ」
「お前ら旅行者だろ? しかも、クリスタル買ってたよな? いいものがあるんだよ」
「なあ、開けてくれよ。仲良くしようぜ」
トマスは舌打ちした。ベンという男には、理解不能な節約癖があった。服や装飾品といったものには金を惜しまないが、人目につかない部分は極端に出費を惜しむ。この安宿も、ベンが選んだ場所なのである。
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