インクルージョン

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男の家を後にして私はふと考えた。 幾らツテがあってもホワイトタイガーは無理だ。 薬を飲み過ぎた男を誤魔化す方法を考えた。 耳が内側に丸まった成猫のスコティッシュフォールドの雌を男に渡した。 その猫はタレ目が売りのスコティッシュフォールドにしては、かなりつり目で迫力があった。 そして、真っ白な短い毛並みが美しい。 男は見事に騙された。 猫をホワイトタイガーだと思い込んでいる。 子どもでも引っかからないような手口。 処方量を守らない薬の乱用でまともな判断が出来ないのだろう。 そして、だんだんと私は男を避けるようになった。 最低限どころか、これ以上ないほど贅沢な暮らしをさせていても、もう二度と男にスポッットライトは当たらない。 芸がない男に興味は湧かない。 私が男を避ければ避けるほど、男の方は、あれが欲しい、これが欲しいと私の気をひきたいのか、珍しく手に入りにくいものをねだってくる。 地の底で頼れるのは私だけになった男にはもう憐れみしか感じない。 この男がどこまで堕ちるのか見届けたいだけだ。 ある日いつものように男の家に行くとリビングにホワイトタイガーがいた。 男を食い散らかしたホワイトタイガーは私に背を向けて壁をすり抜けて消えて行った。 そんな、馬鹿なこと…。 私が瞬きをしてリビングの明かりをつけた。 そこにはシャンデリアの支柱からぶら下がった男の死体があった。 テーブルの上には書きなぐった手書きの遺書。 両親や業界のツテを頼って、穏便に後始末をしてもらった。 薬に溺れていたことはマスコミに流させなかった。 一つの時代を築いたトップアーティストの死として大きく報道された。 舞台の幕引きは美しくなければ。 夕方のニュースで報道をチェックして私は満足した。 男が世話していた生き物のほとんどは転売出来るものは転売した。 特に正規のルートを通せないものは慎重に転売した。 私はたった一匹、あの真っ白な雌猫、スコティッシュフォールドを引き取った。 私がキャリーバッグの蓋を開けると、白猫は同じ秘密を共有する同志を見つけたとばかりに艶っぽく鳴く。 私は白猫に話しかけた。 「随分ヤキモチ焼きなのね。他の生き物を構ってるのが許せなかったの? 虎になって男を食い殺すなんて。私たち気が合いそうね。」 白猫は得意げに尻尾を振って答える。
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