グラスの効用

2/3
前へ
/13ページ
次へ
次の日の朝、彼は普段通り会社へ出勤した。もちろんバスに乗った。寝ぼけ眼でぼんやりとしていたら彼に、男が話しかけてきた。 「おお。鉄瓶じゃねぇか。」 彼はピンと来なかった。ここは彼の地元でもない。男が勘違いしている場合がある。が、偶然にもその男は中学時代の同級生だった。それにしてもよく話しかけてくれたと思う程、あまり話したことがない微妙な同級生だった。名前が出てこない。 「おおうおう。久し振りだな。元気か。いやいやいや。最近、こっちに引っ越して来たんだ。もしかして結構前から?」 「いや、たまたま出張で今日、用事を済ませたら次いつ来るかわからないくらいの感じで。そんな時に会うなんてね。」 彼は昨夜のグラスに願ったことを思い出していた。こんな偶然、何かあるかもしれないと彼は思ったが無情にもその同級生はすぐ次のバス停で降りてしまった。無論、会う約束どころか連絡先すら聞けなかった。 結局、その日はそれ以外に変わった出来事はなく、お金が増えることはなかった。彼は騙されたのだと思った。実際に彼は歪んだグラスの前で首を傾げてしまった。でも念のため、もう一度昨日の夜と同じ願い事をしてから眠ることにした。 翌朝、やはりいつも通りバスに乗って出勤する。すると彼は再び声をかけられた。今回は女性だった。あっ、と彼は思った。この女性は高校の時の同級生だった。しかしながら、よりによって名前が思い出せない。昨日の中学時代の同級生と同じで、ぎりぎり知り合いだと認識できるくらいの微妙な人物なのだ。そして、やはりその同級生も偶然用事があってこの街を訪れたのだという。そんな話をしている内に彼女が降りなければいけないバス停に着いてしまい、その点も昨日と同様に、会う約束もなく連絡先を交換することもなく別れることになった。それ以外に、やっぱりこれといって変わった出来事もなかった。 彼は勘づいた。どういうわけかお金のことを願うと微妙な関係の知り合いに会うようだ。試しにその日の夜も、歪んだグラスに敢えて同じ願い事をして眠りに就いた。 結果は、彼の予想通りだった。彼は三日連続、会社に向かうバスの中で微妙な知り合いに話しかけられた。その日は小学校の頃の教頭先生だった。そして全く同じ流れだった。彼は思わずその事をメモ帳に書いた。今日の夜が楽しみだった。何を願おうか。 その日の夜、彼は歪んだグラスに願った。 「彼女が欲しいです。」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加