第2章

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唇を笛に当て、息を整えて吹き込む。澄んだ音が高く響き、豊かに空間を満たしていく。 笛の音が光となり風になる。笛に合わせるかのように水面がさざめき、木の葉がそよいだ。 いつのまにか春花が簀子に上がっていた。 「春花?」 声をかけた晴明には見向きもせずに、春花が博雅を見つめる。 旋律が変わる。余りなじみのない異国の曲だ。 軽やかな調べが高く低く流れていく。 春花の瞳から、水晶のような涙がぽろりと零れ落ちた。後から後から透明な雫が零れていく。 それに気づいた博雅が笛を唇から離した。 「……春花?」 「その曲は?」 晴明が問う。 「天竺のまた向こう、西方より伝わってきた曲だと聞いた」 春花が博雅の脇に跪く。 「止めないで……続けて」 童女のようなその瞳で請われて。博雅がまた笛を取り上げる。 哀愁を帯びた異国の音色が流れだした。 春花の瞳が閉じられる。 そう……この振動……旋律に覚えがある。 花であった時は理解できなかった出来事が、ひとの身体を持ったことで、再構築され記憶として甦ってくる。 ……そう、これは。あのひとが吹いていた曲だ。 その音がたゆたう空気の中に居るのが、とても心地良かった。 高く伸びる音が心を揺らし、低く響く音が身体を震わせる。 春花がそっと博雅の膝に頭を落とす。 演奏に没頭してしまった博雅は、もう気づかない。 思い出す。お前は美しいね、と撫でる指を。もっと綺麗に咲いておくれと囁く甘い声を。 自分に語りかけてくれた、愛しいひと。その人のために美しく花弁を広げ高く香った。 プリズムのように、記憶が断片的に甦っては消える。 波璃のように澄んで響く笑い声。身につけた装飾品が触れ合ってたてる小さな金属音。乾いた風の匂い。 陶然としていた春花の瞳が―――突然見開いて。晴明がはっと身構えた。 あの時も、あの人は自分の傍らで笛を吹いていた。 それが突然はたりと止んで。不意に空気の色が変わった。 満ちてくる、不安、怒り、狂気。―――悲鳴と怒号。 ……お逃げください!敵の兵が!……だめ、逃げられない。 自分に触れた指の震えを感じた時。 愛しい人の熱い血潮が、びしゃりと降り注いだ。 その瞬間、自分は明確な意識を持ったのだと思い出した。 見開いた春花の瞳が花の赤から血の赤に変わる。
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