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博雅の膝の上で握り締められていた指が痙攣してガッと広げられた。その指先が蔓のように節くれだち、長く爪を伸ばしていく。
異形の掌。きり、と噛みしめられた歯が鳴る。
博雅は己の中に没頭して笛を吹き続けている。目を細めた晴明が懐に手を入れた。
と、博雅の吹く笛の曲調が変わった。
穏やかな調べが部屋を満たしていく。 噛み締めていた春花の唇が、ゆっくりと解かれる。手が人のものに戻っていった。
……その瞳が閉じられて。晴明が力を抜く。
閉じた春花の瞼から、再び涙が零れる。
思い出す。
自分に触れていた指が冷えていくのを、感じている事しか出来なかった悲しさ。
失われていく生命の波動を、どうしようもできなかった悔しさ。
「……私は、ひとに、なりたかった」
ぽつりと朱唇から言葉が零れる。
あのひとを守れる腕が―――身体がほしかった。
博雅の膝に伏せた頬を涙がほろりほろりと伝っていく。
晴明がそっと部屋を出て行くのにも気づかずに、博雅は繰り返し繰り返し笛を吹き続けていた。
「……春花?」
楽を奏でる陶酔から博雅が覚めた時。彼が見つけたものは、自分の膝に頭を預けた春花の安らかな寝顔だった。
当惑したものの起こすのも忍びなくて。
頬に伝う涙の跡を拭おうとした指が躊躇って握りこまれる。
博雅はそのまま寝顔を見つめていた。
一夜明けて。 白々と明るんできた空に、春花は目を覚ました。
「……目が覚めたか?」
優しい声を見上げると覗き込んでくるのは鳶色の瞳。
無言で春花は博雅の膝から身体を起こすと、すいと立ち上がった。振り返りもせずそのまま部屋を出て行く。
博雅が唖然として見送った。
「……!」
立ち上がろうとして、足の感覚が全く無くなっている事に気づく。
少したって、晴明が部屋を覗きにきた。座ったままの博雅を見て目を丸くする。
「晴明!」
助かったとばかりに博雅が呼びかける。
「助けてくれ。足の感覚がない」
「まさかと思うが……一晩中膝枕か?」
博雅の顔を見れば、答えは明らか。
「ばかか」
思わず呟く。
「せっかく人が気をきかせてやったのに」
「とにかく手を貸してくれ。動けない」
晴明の腕に縋って立ち上がろうとした博雅の膝が崩れる。晴明がその身体を慌てて抱きとめた。
「晴明。立てない」
情けない顔で博雅が見上げてくる。
「一晩中膝枕では、足の感覚がなくなって当然だろう」
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