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階(きざはし)の上がり口で、萌葱の小袿を着た式が博雅を迎えた。奥へと誘われ御簾を潜る。
「博雅か。どうした?」
母屋の文机から晴明が立ち上がった。
「笛の会で近くまで来たから、寄ってみた」
ああ、と晴明が博雅を見る。
「懐のものは笛か……で?」
「で、とは?」
「春花が気になったか」
図星をさされて博雅が少し赤くなる。
「元に戻す方法は分かったのか?」
「分からん」
あっさり言われる。
「俺の呪だけなら解けるはずだ。戻らないところを見ると、別の呪も働いているな」
「別の……呪?」
「意思と言い換えてもいい」
腑に落ちない顔をする博雅に、晴明が言う。
「つまりだ。あの形をとったのには、春花自身の意思が入っているという事さ」
「では戻るには……」
「春花がそうと望めば、あるいは」
黙り込んでしまった博雅を晴明が横目で見る。
「……そんなに気になるか」
「寄る辺ない童(わらべ)のようで……知らない世界に来て、勝手の違う身体に入って」
「人間の考えで人間でないものを量るのは危険だぞ」
「分かってる」
真面目な面持ちで、博雅が言う。
……分かってないさ、お前は。
晴明が内心で呟いた。
話が止まったのを見計らったように、先ほどの式が酒と肴を運んできた。
「蘇(そ)か」
「貰い物だ。お前、甘いもの好きだろう?」
ああ、と嬉しそうな顔になる博雅を晴明が笑って見やる。
しばらくはそうやって盃を交わしていたけれど。
陽が落ちて露が降りてきた庭に仰向けになったままの春花を見て、博雅が溜息を落とした。
「笛を吹いてくれないか」
気分を変えようとでも言うかのように、晴明がねだる。
「月が昇る。久しぶりにお前の笛が聞きたい」
にこりと笑った博雅が笛を出す。いつでもどこでも、楽器を奏でるのは彼にとって最大の喜びだった。
「今日の笛の会で唐渡りの珍しい楽譜があった。新しい曲もいくつか覚えてきたから、それを吹こう」
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