第2章

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階(きざはし)の上がり口で、萌葱の小袿を着た式が博雅を迎えた。奥へと誘われ御簾を潜る。 「博雅か。どうした?」 母屋の文机から晴明が立ち上がった。 「笛の会で近くまで来たから、寄ってみた」 ああ、と晴明が博雅を見る。 「懐のものは笛か……で?」 「で、とは?」 「春花が気になったか」 図星をさされて博雅が少し赤くなる。 「元に戻す方法は分かったのか?」 「分からん」 あっさり言われる。 「俺の呪だけなら解けるはずだ。戻らないところを見ると、別の呪も働いているな」 「別の……呪?」 「意思と言い換えてもいい」 腑に落ちない顔をする博雅に、晴明が言う。 「つまりだ。あの形をとったのには、春花自身の意思が入っているという事さ」 「では戻るには……」 「春花がそうと望めば、あるいは」 黙り込んでしまった博雅を晴明が横目で見る。 「……そんなに気になるか」 「寄る辺ない童(わらべ)のようで……知らない世界に来て、勝手の違う身体に入って」 「人間の考えで人間でないものを量るのは危険だぞ」 「分かってる」 真面目な面持ちで、博雅が言う。 ……分かってないさ、お前は。 晴明が内心で呟いた。 話が止まったのを見計らったように、先ほどの式が酒と肴を運んできた。 「蘇(そ)か」 「貰い物だ。お前、甘いもの好きだろう?」 ああ、と嬉しそうな顔になる博雅を晴明が笑って見やる。 しばらくはそうやって盃を交わしていたけれど。 陽が落ちて露が降りてきた庭に仰向けになったままの春花を見て、博雅が溜息を落とした。 「笛を吹いてくれないか」 気分を変えようとでも言うかのように、晴明がねだる。 「月が昇る。久しぶりにお前の笛が聞きたい」 にこりと笑った博雅が笛を出す。いつでもどこでも、楽器を奏でるのは彼にとって最大の喜びだった。 「今日の笛の会で唐渡りの珍しい楽譜があった。新しい曲もいくつか覚えてきたから、それを吹こう」
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