むじなの涙

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店に戻ると、オカミさんから 「むじな、今日はちゃんとやってきたんやろな」 とこわい顔を差し向けられる。 あたしが、今日も何もやってない と言うと オカミさんは、まっかな顔で あたしをしかりつける。 「バカか!逃げられちまうじゃないか!」 「今夜こそ、ムリやりでもやってくるんだよ!」 そう、あのひとはほかのオジさんたちとなにもかも違っていた。 ただ、外の空気にふれさせるためだけに あたしにタイキンと時間をつかってくれてたんだ。 最初、あたしも信じられなかった。 だって、オジさんイコール あたしの身体の上で腰をふる生き物だと思っていたから。 でも、オカミさんの命令には逆らえない。 今夜こそ、言われたとおりにしなくっちゃ逃げられてしまうにちがいない。 あのひとが、またいつもと変わらぬ笑顔であらわれた。 いつもと同じようにがいしゅつ着にきがえてあのひとと街に繰り出す。 「ねぇ、今夜こそ あんたとすることしないとオカミさんに怒られちまうんだ。」 あのひとは、めんくらった顔のあと おおわらいして 「心配すんな、オカミさんには やったと言っておけばいいんだからさ」 そう言って、あたしに たらふくオイシいものを食べさせてくれて カラオケスナックで歌わせてくれた。 きらびやかなホテルにも連れて行ってくれた。 あのひとは、一人で風呂に入り ごろんと広いベッドの上に身をおくと 「ここ、プールあるから遊んでな」 と言って、そっと目を閉じた。 なんかジャマしちゃいけない気がして、 すべり台付きのプールで 一人遊ぶしかなかった。 ひとしきり、遊んでると あのひとが 「そろそろ帰らないとだな」 と夢の時間の終わりを告げた。 また、あのなんともいえない クサイねぐらに戻るのかと悲しむあたしに あのひとは 「明日もかならず来るから泣くんじゃない」 と、そっと肩に口づけしてくれたんだ。 その言葉で、じゅうぶんだった。 よけいなセリフなどいらなかった。 ねぐらまで送り届けてくれて、いつものように そっと去っていく。
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