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 翌日から仕事を求めて歌舞伎町を歩き回ったのだが、未成年で住所不定、その上身元が不確かな誠を雇ってくれる店など簡単に見付かる筈もなく、一夜限りと思って座り込んだ柱の下に夜中舞い戻った。そんな行動を数日間繰り返す内、自分も周りの浮浪者と同じようにここで寝起きすることに何の抵抗も持たなくなり、そのまま所持金が底を着いて死んでしまうのかも知れないという絶望が、コンクリートの地面からじわじわと冷たい温度で込み上げ、体温を奪って行ったのだった。  その翌日冷たい足を引き摺るようにして闇雲に歌舞伎町を歩き回っていると、何時も避けていた怪しい雰囲気の雑居ビルの前に出てしまったので、足を止め改めてそのビルを見据える。そのビルが気になりながらもこの数日間避けて通っていたのは、一階の小料理屋の扉に風雨に長い間晒された求人の看板があるものの、その上に入っているテナントが風俗店やクラブという如何わしいものばかりだったからだ。  けれど、今の自分はそんなことに拘っている場合ではないと考え直し、腹を決めてその小料理屋の引き戸に手を掛けた。カウンターとテーブルが十席程という小ぢんまりした広さの店内に入り、仕込み中の店員に求人の看板を見た旨を伝えると、直ぐに店長へ話が通りその場で面接をすることになった。  話を聞くとこの店はどうも極度に人手不足で、来る者拒まずといった状態であるらしく、面接というよりも採用前提の説明を十分ほど受けた後、直ぐに厨房係として採用だと告げられた。  夜の営業時間が始まると、訪れる客はやはりホステスや極道者といった如何わしい夜の世界に生きるような人たちばかりだったので最初は怖気付いてしまったのだが、数日経つとこちらが店員として接していれば向こうも客以上に関わって来ることはないのだと気付き、徐々に恐怖や緊張は消えて行った。  そしてこの小料理屋の従業員の数は前の職場と余り変わらない十人前後であるにも拘らず、田舎らしく閉鎖的で排他的だった工場と違い、都会の個人主義で他人に無関心な雰囲気が漂っていた。それに働き易さを感じるのは、注目されず雑多な中に埋もれていたいという、孤児という生い立ちと脱走という負い目が齎す、見付かることへの恐怖が裏打ちしているのだろう。でも例え心に虚無感を覚える瞬間があるとしても、そうやって人と余り関わらずに済むのは、誠にとって楽なことだった。
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