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 晶子がその男を紹介されたのは七月の暑い日の午後のことで、連れて来たのは夫である大石雄樹であった。 「俺が明日から出張で留守にする間の護衛役や」  妻の書斎を訪れた雄樹はパソコンに向かう晶子をデスク越しに見詰めながら、掠れた低い声の関西弁でその男を連れて来た理由を告げたのだが、雄樹の長期出張など折衝事の多い不動産や金融関係の会社の経営者という職業柄珍しいことでもないので、些か大袈裟にも思えた。けれど夫が自分の為を思ってしてくれたことに対して是非など無かったので、晶子は直ぐに了解する旨を伝えた。 「おい、入れや」  雄樹がドアの方へ促す言葉を投げると、一人の青年が静かな足取りで晶子の書斎へと入って来た。晶子のデスクの前で足を止めた長身の青年は、多分義理人情に厚い雄樹が何時ものように歌舞伎町辺りで拾って来たのだろうが、短く切った黒髪とグレーのジャケットに白いカッターシャツ、ジーパンに黒いブーツという格好からして、何時もそのパターンでこの家にやって来る不良上がりの青年たちとは何処か違っていて、感情を表に滲ませることのない、落ち着いた雰囲気をその切れ長の瞳から漂わせていた。雄樹が護衛に付けるというからには当然相当に腕力のある男なのだろうが、そういった力を誇示しがちな青年たちと違うその静かな佇まいからは、そんな荒々しさは感じ取れなかった。 「長谷部晃といいます。宜しくお願いします」  年齢は24歳だというその青年は、表情と同じく歳の割りに落ち着いた温度の声でそう挨拶をして、晶子に向かい真っ直ぐ頭を下げた。 「大石の妻の晶子です。一ヶ月間、宜しくね」  晶子は細微な違和感を心に仕舞うと、他の部下達と接する時と同じように穏やかな笑みをその口許に浮かべて、項のラインで切り揃えた艶やかな黒髪をさらりと揺らしながら首を傾け、彼の挨拶に応えたのだった。
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