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 大石宅には長谷部以外に警護担当の使用人が何名か在住している為、彼は住み込みではなく通いで仕事をすることになり、翌朝、側近の三浦と共に出張へ出掛ける雄樹が車に乗り込むところを玄関で見送る時から早速護衛の仕事をして貰うことになったのだが、そういったものを側に置いたことのない晶子は、彼に付いて貰った直後から、自分の側に他人の気配がするという状況に違和感を覚えざるを得なかった。  長谷部は無闇に話し掛けて来たり不審な動きを取る訳でもなく至って静かに佇んでいるだけなのだが、元々独りを好む性質である晶子は自分のテリトリーを侵されたと感じてしまうらしく、その気配だけでも気になってしまっていた。自分が移動などで動いていたり誰かと話していたりする時はまだ良いのだが、その違和感が頂点に達したのは午後に事務仕事を片付ける為に書斎へ入った時で、自分と彼しか居ない上にパソコンの動作音しかしないその静寂に包まれた部屋の中では視線を感じるなという方が難しく、幾らパソコンの画面に集中しようと思ってもどうしても視界の端に映る人影に気が散ってしまう始末だった。 「ねぇ長谷部、ここに来る前は何の仕事をしていたの?」  耐え切れなくなった晶子は気分転換の為にキーボードを叩く手を止め、デスクの傍らに置いてあるコーヒーの入ったカップに手を伸ばしながら、新人の従業員には必ず尋ねるお決まりの質問を長谷部にも投げ掛けた。 「以前は、バーでウエイターをしていました」  けれど長谷部は無表情で事務的にそう言うと唇を閉じてしまったので、晶子が話題を広げる暇も無いまま早々に会話は終了し、また静寂だけが部屋の中に積もり始め、間を埋めようと仕方なしに口を付けたコーヒーに、苦味が増したように思えたのだった。  それ以降も、長谷部はこちらが交流を図る為に言葉を投げても、余り抑揚のない表情のまま必要最低限のことしか返さない程寡黙な男だったので、護衛について一週間が経過する頃になっても、二歳下の弟がいるとか、住んでいるのは高田馬場だとか、人間像を結ぶには足りない断片的な情報のみしか手に入れることが出来なかった為、一向にふたりの関係や距離は変わることはなかった。
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