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入社式を終えた新入社員達は、4階の多目的ホールで、オリエンテーションを受けていた。一昨年、佑樹もこんな風に、オリエンテーションを受けていたっけ…。
私は、新入社員達を見ながら、一昨年のことを思い出していた。
私の一目惚れした相手が、梶尾佑樹という名前で、私の課に配属されるとわかった時に、飛び上がりそうなくらいに、びっくりした。そして、この奇跡的な出会いに、感動したのを覚えている。
『東都大学出身の梶尾佑樹です。よろしくお願いします!』
とっても元気で明るい挨拶が、彼の声を聞いた一番最初だった。
私は、モチベーションが、グッと上がるのを感じていた。上司だから、彼を一人前にしてあげなきゃならないって思っていたんだよ、あの時は。
なのに…いつの間にか、別の思いを彼に向けて重ねるようになっていた。鍵を掛けて胸の奥に隠しておいた“好き”という気持ちだ。
こういう世界じゃ、私のような女は、数少ない。だから部下は、男がほとんどだ。佑樹は、その中の一人だと、自分に言い聞かせていたのになぁ。
半年我慢して、悩んで悩んで…。一大決心で、言った言葉が『お前、今日から彼氏な。』だものな。
自分でも思うよ。本当に笑える話だ。
「有栖川さん、何思い出し笑いしてるんですか?」
「えっ?…いや、私は、そんなことしてないぞ。」
今日、私のサポートについてくれている総務課の片倉は、私と同期なんだが、必ず、さん付けで呼んでくれる、自称・フェミニストだ。その片倉が、訳知り顔で、にやついてる。
「またまた。は、は~ん。わかりましたよ。婚約者の梶尾君、一昨年は、ここに座ってましたもんねぇ。可愛い彼を、思い出して、にやついてたんでしょ。
ああ、いいなぁ。結婚間近の人は。」
「片倉!私だって、立場というものがあるんだからな、今、それを言わないでくれ…。」
「まあまあ。わかってますよ。でも、言いたくもなりますって。なんか、有栖川さん、幸せそうなんですもん。悔しくって。
ああ、失敗したなぁ…俺も、ちょっぴり、憧れてたんですけどね、あなたに。アプローチ掛けりゃ、よかったかなぁ。」
「片倉。悪いが、本気か冗談かわからない、微妙な言い回しで、そんなことを今言われてもな。」
「そりゃそうだ。」
そう言って、片倉は、大きな口を開けて笑うわけにもいかないから、クスクスと笑っていた。
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