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午前中、入社式に使われていた多目的ホールは、様変わりしていた。
昼休みも潰して、総務課総出で、午後の新部署のオリエンテーションと、その後の会議のための準備をしていたのだ。
会議用に、机と椅子のセッティング。資料の準備。長時間になるので、飲み物の準備も必要だ。
やっと解放されたのは、お昼がとっくに過ぎた2時前のことだった。
夏蓮は、どのみち会議に出るのだし、午前中、入社式の準備も片付けも、総務課には、手伝ってもらったのだからと、一緒に、会議の準備をしていた。
「有栖川さん、このまま新部署の会議だろ。お腹すいてるんじゃないの?朝も早かったし。」
「気を使ってくれて、ありがとうな、片倉。大丈夫だよ。」
「全然、大丈夫じゃない。顔色ちょっと、悪い。…ほら、これ。よかったらどうぞ。俺の取って置きだから。」
そう言って、スーツのポケットから、シリアルバーを何本か出してきた。
「たまにさ、あるじゃない。どうしても、その日の内に、やらなきゃいけない仕事がさ。そういうときが、こいつの出番。結構、旨いし、腹持ちいいんだぜ。
会議長引いたら、夕飯も食べ損ねちゃうかもしれないじゃないか。そんなことになったら、いろんな面で、不味いだろ。
今なら、給湯室、誰もいないから、珈琲と一緒に、食べておいでよ。
会議始まりそうなら、呼びに行ってあげるからさ。」
「ありがとう、片倉。甘えさせてもらうよ。」
会議が始まるまで、後、20分もない。
確かに、給湯室には、誰もいなかった。私は、サーバーから、紙コップに珈琲を注ぐと、邪魔にならない隅っこの床に、座り込んだ。
片倉からもらったシリアルバーを開けると、封の開いた部分から、甘ったるい匂いが広がった。
グゥ~
お腹が、鳴ってる。食欲中枢が刺激されてるのかな…。
パクッと、一口かじると、口の中に香ばしい香りと味が広がる。
「…美味しい。」
私は、この瞬間だけは、どこにでもいる、お腹を減らした、普通の女の子だったんだ。
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