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ご主人様とともに
私と妻がご主人様にお仕えするようになってもう三年が過ぎました。
季節は冬から春に移りつつありますけれど、まだまだ風は冷とうございます。ご主人様が外出されるおりには必ずお供をしております。
今日はご主人様のお召しによりご散策のお供を仕りました。ご主人様は亜麻色のワンピースドレスにニットのケープを羽織られ、キャペリン帽をおかぶりです。私はご主人様の右手、妻は左手を包み込んで、両側でご主人様をお守りする役目です。
『さあ、行こうか。粗相の無いようにな』
『はい、あなた』
ご主人様はお屋敷の外にお出かけの際はステッキをお使いになります。私はご主人様がステッキの持ち手をつかまれるのをお助けいたします。
ご散策に来られたのはお屋敷に隣接する公園です。水鳥が遊ぶ湖や四阿、庭園の間を緩やかに曲がった小路が走り、あちこちには彫像が台座の上に聳えています。
ご主人様は小路をゆっくりとお歩きです。小路は丁寧に突き固められていますが、多少の凸凹はございます。十分な注意が必要です。
小路の両側は整えられた芝生で、路に沿って薔薇の植え込みがございます。冬になる前に短く刈り込まれ、数本の幹と古い葉だけの姿ですが、既にその先端にはごく小さな赤紫色の若葉が芽吹いています。こころなしか、吹き付ける風にも暖かいものが含まれているように感じられました。陽ざしが暖かくご主人様に注がれます。
『ずいぶん過ごしやすくなってきたね』
『ええ、あなた』
『この分だともうすぐ春がやってきそうだ』
『はい、空の色もずいぶん明るくなって』
『ご主人様のご外出にもいい天候になる』
『ええ。でも、そうなったら私たちのお役目は……』
妻は途中で言葉を切り、私も問いただしませんでした。妻の言いたいことはわかっています。でもそれはお仕えする身が口にすべきものではありません。
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