第二十八の扉「ムーンストーンの記憶」前篇

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一 ストーブ  土曜日の朝、寝坊ぎみに起きてきたら、パパが押し入れから出してきたガス・ストーブを、おばあちゃんがせっせと掃除している。 「ちゃんと煤(すす)はらいしてから使わないと、たまったホコリに引火して火事になることが多いんだってよ」  そう言いながら、こまかいところまで、チリやホコリをおとしている。それがおわると、おばあちゃんは、忙しい感じに身支度をして、家を出ていった。 「どこ行ったの? おばあちゃん」  ひとりだけ遅い朝ごはんを食べながら私がママに尋ねた。 「え? 知らなかった? 亜美」 「うん」 「今月から、近くの高齢者施設に行ってるんだよ」 「え? おばあちゃん、施設に入ったの?」 「何、言ってんの。おばあちゃんはウチにいるじゃない」 「そうだけど。じゃあ、何?」 「施設のお年寄りのお世話をするんだって」 「おばあちゃんが、よその、おばあさんやおじいさんの世話をするってこと?」 「そう」 「え? 何歳(いくつ)だっけ、うちのおばあちゃん」  私がそう尋ねると、それに答えてパパが言った。 「七十八」  するとそれを受けてママが言った。 「いまは八十前なんて、年寄りのうちに入らない。施設には八十代、九十代の人がおおぜいいる。すこしでもお役に立てるなら、こんなにありがたいことはない……そう言って、毎朝ああやって出ていくのよ」 「毎朝!?」 「そう、亜美が学校に行ってから出ていって、帰ってくるときには、もうウチにいるから気がつかなかったんでしょうけど」 「すごいね」  私はそう言って、トーストしてもらった食パンをほおばった。
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