第二十八の扉「ムーンストーンの記憶」前篇

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 パパが、おばあちゃんが掃除したばかりのストーブの火をつけた。すこしホコリが焼けるような匂いがしたけれど、それがなんだか、なつかしい匂いにも感じた。 (もうそんな季節か……)  私はそう思って、ぶるぶるっと体をふるわせた。  受験勉強は、順調なんだか順調じゃないんだか、自分でもよくわからない感じだった。志望校は、いくつかにしぼった。中でも興味をもったのは、S大学だった。カトリック系の私立で、外国語教育に強いことで有名な大学。でも私が興味を持ったのは外国語ではなく、文学部の「民族文芸学科」という、数年前に開設した新しい学科だった。文学部にはすでに、国文、英文、仏文といった学科があるが、そうした既存の文学科ではフォーローしきれない国や民族の文学を学問の対象とする。それも、単に文学にとどまらず、その歴史や民族性といった、ほかの学問分野にもまたがって、いままでにない新しい視野を得ることが目的……そうした説明が、大学のホームページに載っている。天草塾で、クマさんやノエルさんから、日本をはじめ、いろんな国の物語やエピソードを聞くうち、そうしたことに惹かれていったのだと思う。でもまだ、自分が興味をもってまなべることと、「受験勉強」というものが、うまくシンクロしてこない。模試などを受けても、その結果がついてこない。志望する大学の合格確率は、とても安心できるレベルではなかった。 ……さて、何からやろう? 二階の自分の部屋に戻って、ノートや参考書を机にならべたけれど、いざ勉強しようというときになって、「何やろう?」などを思っているぐらいだから、とても集中しているとは思われない。そのうち、こんなことを思った。 (月渚、もうすぐ誕生日だなあ……)
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