第二十八の扉「ムーンストーンの記憶」前篇

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 そんなこと、本当にあるのかな? と思った。でも彼女は私の目の前で、ウ・エ・ティル? ウ・エ・ティル? と唱えて、私がさがしていたものを見つけてくれた。それは、髪かざりだった。私は、ママからもらった、たいせつな髪かざりを失くしてしまって、それがずっと見つからずにいたのだった。 「どんなの?」  放課後、教室に誰もいなくなるのを見ると、月渚は私にそう尋ねた。 「何が?」 「あの……亜美がさがしてるの」  はじめて私の名前を呼んで、月渚がそう答えた。 「ああ、髪かざりのこと?」 「うん」 「茶色くて……ツヤツヤしてて、蝶々(ちょうちょ)の模様がある……」 「蝶々?」 「うん、貝でできてるんだって」 「どんなのか絵に描いて」  月渚は私に、そう言った。言われたとおり、私は思いだすまま、髪かざりを絵に描いた。すると月渚は座ったままじっとその絵に目を凝らして、やがてしずかに目を閉じた。そして 「ウ・エ・ティル……ウ・エ・ティル……」 と、つぶやいた。それから、とつぜん椅子から立ちあがると 「来て」  そう言って廊下に駆けだした。あわてて、そのあとを追った。階段を駆けおり、いつも私たちが使う昇降口に出た。そこで月渚は私をふりかえり 「このへん……」  そう言った。 「髪かざり?」 「そう」 「このへんもさがしたよ。下駄箱の中も、ぜんぶ見た」  そう言う私を相手にせず、月渚は両手を合わせて前を見た。そしてふたたび「ウ・エ・ティル……ウ・エ・ティル」そうつぶやきながら、何かに導かれるように前に歩きはじめた。月渚の足が止まった。昇降口の傘立ての前だった。月渚はしばらく、そこにさしてある傘に目をくばっていたが、やがてその中から一本を抜きだし「あなたね?」そう言った。
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