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②
似ていると思ったけれど、それは白いドレスだけだった。
ポスターとは随分感じが違う。
まず背が低い。そしてかなり若い。
ただ、不安に潰されそうな表情をしている。
瞬きの回数も多い。そこはあの式の日のお前にそっくりだ。
目が大きいから余計に瞬きが目立つ。
歌いだしたら雰囲気が変わった。
楽しそうに生き生きと、その若さを輝かせて。
彼女が楽しそうに、頬を高揚させて歌えば歌うほど責められている気がした。
桜蘭の母に。
出逢った頃、故郷の地で桜蘭もあんな風に、恥ずかしそうにそれでも生き生きと微笑んでいた。
目の前に置かれた水割りを飲み干した。今日はどれほど呑んだんだろう。
喝采の中、深々と彼女は頭を下げた。
これで終わってしまうのか?
待ってくれ、まだもう少し。
そうだ!あの歌を、あの歌を聞かせてくれ!
妻が桜蘭が歌っていたように。
あの古い歌を。
若いけど知ってるだろ?歌手なんだから。こんな店で歌っているんだから。
立ち上がっていた。ふらふらする足で彼女に近づく。
あの歌を歌ってくれ、その白いドレス姿で。
なあ、もう一度聞かせてくれ。
桜蘭、おまえの歌を聴かせてくれ。
桜蘭、縁側で歌っていた(夜香花)を。
彼女が、完全に怯えきった顔をしていることに気がついたのは、彼の声が響いたあとだった。
その中音の透き通った歌声に心が落ち着いていく。
おまえが微笑んでいる顔を思い出す。
いつもどんな状態で帰宅しても、『おかえりなさい』と笑顔で迎えてくれた桜蘭が甦る。
私を恨んでないのか?
許してくれるのか?
おまえの優しい顔だけを思い出す。
その時、彼女が歌いだした。
幼いしっかりした声で。
あの怯えからは想像できない強い意志を持った声で。
しかし、幼さが残る声で。
Divoの彼はそのまま歌う・・・マンダリン!
透き通った包み込むような中国語の(夜来香)。
涙が溢れた。もう止めることはできない。
桜蘭、桜蘭、聞こえるか?おまえの好きな歌だよ。
『古くても、いい歌はいいです』
あの時のおまえの声を思い出した時、マンダリンで歌う彼の声に、日本語で幼い彼女の声が重なる。
出逢った頃、あの地で桜蘭に一番最初に教えた日本語は『ダイスキ』。
彼女の幼い声はそんなことを思い出させた。
目を閉じると記憶の中でおまえが微笑んで言う。
意味もわからずに覚えたばかりの日本語で
『ダイスキ!』
私に向かって。
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