0章

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 一度だけ、彗星を見た記憶がある。  それは、自分で見ようとしていたわけではなく、偶然見たような気がする。もともと彗星が来るとわかっていて、夜がちゃんと暗いところ(でなくとも見えたはずだが)にいれば、大抵の場合は肉眼でも彗星は見えたのだろうし、さして彗星など、珍しくも無いような気もするのだが、僕が彗星を見たのは、生まれてから数年たった、やっと言語の存在を理解し、少しのコミュニケーションはとれるのではないか、となったくらいのことだった。確か、2003年だった。あとから調べて見たのだが、その彗星の名は、「ニート」というらしい。ニート彗星。しかし、その彗星の名が「ニート」ということをその時僕は知らなかったばかりか(というか理解できなかった)まだ彗星というものを、氷であるとかそういう問題の前に、岩である、などという間違えていた形跡もない、生まれたての新品だったせいか、「何か明るいものが空にあった」というようなことしか覚えていない。それでも、普通の星だとか、飛行機だとか、そういったものとは違うものだということだけは、うすうす気が付いていた。  そうは言っても、ニート彗星は二月に太陽に接近したようだから、その時はまだ、いわゆる「真冬」であったのだろう。しかし、その時僕は、「寒い」と感じていた、という記憶がない。そもそもの記憶があいまいなだけあって、しかも、「寒い」という感覚があったかどうかも悩ましいが、たぶん、寒くなかった(むしろ暑かったかもしてない)はずだ。兎に角、その時寒かった覚えはないのだから、可能性としては、室内からニート彗星を見ていた、ということが確率としては一番高いような気がする。よく考えれば、その時、彗星の背後は真っ黒だったわけだから、恐らく夜だったのだとは思うが、そうなればなぜ、そんな時間にまで起きていたのか、彗星を、「彗星」と認識していなかったほどだ、自分から見ようとしていたわけではあるまい。親が僕に彗星を見せようとしていた、というのならまだわかるが、わざわざそんな時間まで僕を起こさせておいたとは考え難いため、結局は、テレビのニュースと記憶が混同している、というオチになるのかもしれない。  ただ、それ以降僕は彗星を、テレビのニュースでも、インターネット上であれ、勿論普通の彗星も見たことが無い。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加