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☆
満天の星。
僕はそれを、君と見たことがあった。
ただ、その空は本物ではなく、プラネタリウムの空。
人工の星の光を眼鏡のレンズに映して、子どもみたいなワクワク顔で星を見上げる君を、僕は隣の席で見ていた。
プラネタリウムの演出で、満天の星が一斉に消えた。そして、ひとつの星だけ、あるいは星座ごとにまた星は光り、君はそれに合わせて、星や星座の名前を呟いた。
淀みなく、軽快なそのときの君の小さな声。僕は音楽を聴くようにその君の声を聞いていた。
やっぱり本物が見たいな。
プラネタリウムから出ると、ため息をつくように、寂しそうな横顔でそう言った君に、僕は言った。じゃあ見に行こう、と。
――どうして?
どうしていま、僕はそのことを思いだしたんだろう?
それは君との思い出で、君はもういないのに。目の前にいるのは西崎香織――彼女なのに。
……西崎、香織?
僕は、その名前を知って、……いた? 彼女の顔を、知っていた? 彼女の声を、知っていた? 彼女に会う前から?
……わからない。わかりそうなのにわからない。それがもどかしい。叫んでしまいたいくらいに、もどかしい。それがつらくて、僕は助けを求めるように彼女を見つめた。
でも視線は合わない。彼女の視線はまだ下に向いていて、重なる二つの手を見ていた。そしてそのまま、彼女は静かに唇を開いた。
「私ね、気づいてたよ。自分の病気が助からないものだって。でも、確かめられなかった。確かめて、そうだよって言われたら、私きっと自分を保てない。そう思ったから、だから、……私、臆病だから」
親に似たのかな。彼女はぽつりとそう言うと、ようやく視線を上げて僕と目を合わせる。そうしてまた唇を開く。
「星を見に行こうって、あなたに言われたとき、私、本当? って疑ってた。私がもう行けないことわかってて言ってるんじゃないのって、そう思ってた。病気のこと確かめられないくせに、そんな風に疑うなんて、ホント、私、身勝手だよね。でもね、疑ったのも確かだけど、嬉しくもあったんだ。そしてその気持ちに、あの頃の私は支えられてた」
僕は思いだした。星を見に行こう――病室で君にそう言ったときのことを。
そのときの君の寂しそうな笑み。そうだね、と応えた君の声。
その思い出の中の君の声に、現実に聞こえてきた、彼女の「ありがとう」の声が重なる。
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