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☆
目を開けると、そこには満天の星。と、半分欠けた月。
その状況に、僕は戸惑った。
そんな僕に、「こんばんは」と声をかけてきた人がいた。
その人は、僕の右側にいた。その方向の、ベンチの脇に立っていた。
「いいですか?」と僕の隣に座ってきたその人は、年配の男性で、紳士らしい雰囲気のある人だった。
初対面の人間に隣に座られ、ちょっと緊張した僕は、その緊張から逃れるように空を見上げた。するとやはり、そこには満天の星、と半月。僕は内心首を捻った。
目を開けたときは忘れていたけど、僕は、ここに星を見に来た。そのことをついさっき思いだした。それから、着いたときにはあいにく曇り空で、晴れるのを待つつもりでベンチに座ったことも、それも思いだしていた。そして、そのまま眠ってしまったのだろうことも。
その眠る前の記憶にある空と、いま見上げる空はまったくの別物だった。空を隙間なく覆っていた雲はどこへやら。その欠片も見えない。でも、それはいい。それはいいのだけれど――。
今夜は月のない夜じゃなかったっけ?
そう思ったことが、僕に首を捻らす原因。普段は月の満ち欠けなんて気にしないくせに、なぜかいまはそのことがひどく気にかかった。そんな僕にその問いは突然だった。
「会えましたか?」
僕は隣の人物へと視線を帰し、「会えました?」と訊き返す。
するとその人は「おや」と呟き、それから言った。
「知りませんでしたか? ここは、この世からいなくなった人に会えるかもしれない、そういう場所なんですよ。まあ、会えると言っても夢の中。それに、会えても一度だけで、……実は私も、亡くなった妻に会いたくて、以前、その目的でここに来たことがあるんです」
僕は驚き、思わず「会えたんですか?」と尋ねていた。その人は少し間を空けて、「わかりません」と答えた。
「このベンチに座って眠ったことまでは覚えてます。ですが、眠っている間のことは何も覚えていなくて。だから会えたのかどうか。でも、会えた――私はそう思っています」
「……どうしてですか?」
「眠る前には妻に会いたくて苦しいほどだったのに、目が覚めたときにはその苦しみがなくなっていたからです」
以来何となく、時間があればここに来るようになったと、話はそう続いた。僕はそれを聞き終わると、また空を見上げた。そうして思いだしていた。君との最後の約束を。
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