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☆
星を見に行こう。
――そうだ、僕は。
僕は、ふと思ったその言葉に誘われてここまで来たんだった。
でも見上げた空は曇っていて、星は見えなくて。
だけど、もう少し待てば、もしかしたら晴れるかもしれない。
そう思ったから、たったひとつ、ぽつんと置かれていたベンチに座って、そこで晴れるのを待つことにしたんだった。
でも――。
「そのうち眠ってしまったみたいで」
僕はそう言った。隣に座る相手にだ。その相手は西崎香織(にしさきかおり)と言う名の女(ひと)。
彼女とは数分前に会ったばかりだ。
そのとき僕は眠りから覚めたばかりだった。そして、目を開けたら突然見えた満天の星空に戸惑っていた。星を見に出掛け、ここに来たことを咄嗟に思い出せなかったがために。
そんな僕に、彼女は声をかけてきた。
「良かった、起きた」
僕は首を右に回し、声がした方を見た。すると、星明かりだけが頼りの覚束(おぼつか)ない視界に、ベンチの脇に立っていた彼女の姿がぼんやりと映った。
ちなみに、いまはもう直したけれど、彼女に声をかけられたときの僕は、足は投げ出すように、首は背もたれの上に載せて、それはまるで電車でよく見る、ぐっすり寝ている乗客みたいな、そういうだらしない体勢だった。
僕がその体勢に気づいたのは、彼女を見つけて間もなく。彼女が急にくすりと笑い、何を笑ったのだろうと考えて、はっとした。そして慌てて体勢を直したのだ。
すると、体を動かしたせいなのか、頭の中も動きだし、僕はようやく思いだした。星を見に来たことを。そして星を見れなかったことを。
彼女からちらりと視線を空に移した。そうすれば視界には満天の星が映り、晴れたのか、と妙に淡々と、僕は思った。
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