星を見に行こう

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「良かったですね、晴れて」  僕は空から隣へ視線を戻した。けれど、彼女――西崎香織の顔ははっきりとは見えない。数十センチという距離しかないにもかかわらずだ。  でもそれも仕方がない。空には星だけで月はなく、近くには外灯もない。それでは幾ら近くても、何を見るにしても限界がある。  だから僕は、はっきりとは見えない彼女の顔の中で、割合はっきりと見えるものを視点の頼りとした。それは、眼鏡だ。  眼鏡の細いフレームの中心に僕は視点をやり、そして口を開いた。「そうですね」  嘘だ、と思った。たったいましたばかりの自分の返事を、僕はそう思った。  さっき、晴れたのかと思ったときと同じだった。  いまの言葉はそれくらい淡々とした、心からのものではない言葉だった。  それを自覚して、やっぱりそうか、と思った。  星を見に行こう。  自分で思ったその言葉に誘われて僕はここまで来たけれど、本当はそうじゃない。  曇っていた空を見て、ここで星が出るまで待とうと思ったけれど、それも嘘だ。  僕は星を見たくなかった。  曇り女の君が傍にいないから星が見えた――そんな現実、僕は欲していなかった。  それどころか、逆だ。  そんな現実がないことを期待して、僕はここに来た。晴れるのを待つふりをして、その実、いつまでも晴れないことを願っていた。  つまり、星を見に来ておいて、本心では星を見たくなかった。 「何て矛盾」  僕はそう、ぽつりと呟いた。彼女の顔から外した視線を足元へと落として。  彼女は、戸惑ったようだった。彼女を見ずとも、気配でそれを感じた。  彼女は、この場所に星を見に来た。そしてベンチに座って眠る僕を発見し、声をかけてきた。どうしましたと尋ねてきた。  僕は、ここに来たのは星を見るためだと答えた。でもここに着いていたときには曇っていて、晴れるのを待つうちに眠ってしまったのだと話した。  だけど、嘘だ。そのすべてが嘘だ。それがいまわかった。けれど彼女はそれを知らない。  どうしてだろう? そのことが急に可笑しくなった。そしてその感情はあっという間に膨れ上がり、そうなるとどうしようもなく言いたくなった。  そうして僕は言った。彼女は関係ないのにと、頭のどこかで言ってくる自分の声を振り払って。 「死んだんです、恋人が。半年前に」
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