それぞれが・・

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 やっぱりここにしようと決めて久保田直子はラーメン屋に入った。 近くのK大学文学部一年の直子は殆どここで野菜ラーメンを食べていた。  地方から東京の大学に入ってからずっとここだった。 積極的に歩き回って美味しい店を探す気もなかった。  北海道出身の直子には「旭川」の看板も気に入った、なにより味が直子の口に合っていた。  小さな店で主人と奥さん、新人の調理見習いの男子3人でやっていた。  中年の奥さんは愛想がよく気軽に直子に話しかけてきた。 「K大の1年生なの? よく勉強したねえ、そうじゃないかと思ってたのよ、 いつも一人で食べに来るしね、そのうち楽しくなるわよ、あ、 うちの一也君と同級生だね、」  汗だくになって麺を茹でている一也に声を掛けた。  一也はそれどころじゃないという風にチラッと直子を見て仕事を続けた。 「あんな風でしょ、だから友達出来ないんだよ、仕事は一生懸命やるんだけどねえ」  女将さんがいなくなると一也は仕事をしながらチラッと直子を見た。 直子と目が合った。無視できなくなってペコリと頭を下げた。  直子の口元から白い歯がこぼれた。  ある日、一也はコンサートのチケットを買いに行った。 若者なら誰もが好きなグループのコンサートだった。 一也も一度は行ってみたかったが友達もなかった。唯一の頼みは直子の笑顔だけだった。  チケットを買うと何故か嬉しくなった。しかし、どういう風に直子に言おうかと 悩んでしまった。  コンサートの日が1週間前、4日前、2日前になっても一也は直子に言えなかった。 ほぼ毎日直子は店に来てラーメンを食べていた。  どうも気分悪くされそうで怖かった。 「あとお願い」  女将さんが仕事を終えた。  店内には一也と直子だけが残った。  直子が食べ終わらないうちに一也は小皿に焼き豚を3,4枚切って どうぞと差し出した。  ありがとうと言って直子は笑顔を見せた。  せっかく話すきっかけを作ったのに一也がようやく話し出したのは 直子が会計を終え帰る直前だった。 「あの、コンサートのチケットあるんですけど、よかったら一緒に行きませんか」  当然直子も好きなグループだった。
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