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カランとドアベルが鳴る。
T大学の裏手にあるカフェBar「シオン」。
カウンターが四席、四人掛けのテーブル席が三つ。こじんまりとした静かな空間。BGMのジャズは、耳触りのちょうどよい音量で店内を満たしている。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中には、眼鏡をかけたあまり目立たない温厚そうな男性が一人。てきぱきと注文をさばき、時間があればグラスを磨いている。
カウンター席の端に、二十代くらいの女性が腰かけている。
長い髪を後ろできっちり一つにまとめ、黒いエプロン姿。整った顔立ちで控えめな化粧、カウンターの中にいる男性と同じエプロンをしているので、店の関係者と一目でわかる。
女性は頬杖をついて、手元にあるタブレットを眺めながら一つため息をついた。
「細谷さん、私もカウンター入っていいですか?」
「できれば入らないでいただけますか。そこにいるだけでいいです」
また一つ女性はため息をついてカウンターへ突っ伏した。
「一応、私がこの店の看板娘という話ですよね?」
「知ってます(って自分でいいますか)」
「……暇なんですよ」
「暇にまかせて私の仕事を増やされては困るんです」
遠巻きに、その会話を聞いていた学生が怪訝そうにうかがっている。
「何なんだ、あれ?」
「あのな、黙ってみてれば解るよ。お前ここに来たの初めてだろ」
「まあな、ここにいるお姉さんが美人だって噂に聞いてちょっと覗きに……」
「大体そんな感じでここくるヤツが多いんだけどさ」
するとまたドアベルがカランと鳴った。
カウンターに座っていた女性が笑顔で声をかける。
「いらっしゃいませ…って、なんだゆずじゃないの」
入ってきたのは女性だが、カウンターにいるエプロンをつけた女性と背格好が同じ、そして顔も同じだった。
今日初めて訪れたという学生が、目の前の学生の顔に迫らんばかりの様子で話しかける。
「!! ……おい、うわさの美人って二人いるのか?」
問われた学生は、呆れたように目の前の学生に小さな声で囁く。
「ああ、今来たのがたぶん柚実香さん。カウンターにいるのが亜実香さんだね」
「ふたご?」
「そう」
「どっちがどっちがわかんないじゃないか?」
「区別はたぶんすぐつくと思うよ」
「区別って?」
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