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こそこそと話す学生をよそに、カウンターにいた女性がすっと立って、会計を終えた客のテーブルを片付けに向かう。
カウンターの中にいた男性が、それを見て短く「あっ!」と声を上げる。
カシャーン!
トレイに乗せようとしたグラスはそのまま滑って床に落ちた。
「…あ、ごめんなさい」
「亜実香さん! だから言ったでしょう。あなたは何もしないでくださいと!」
カウンターを抜けて細谷は、箒と塵取りを手にして手際よく片付ける……。
「あみ~、またやっちゃったね」
「ゆず、うっさい」
笑いながらゆずと呼ばれた女性がカウンターに近づくと、今度はその女性がつまずいて転びそうになる。
「柚実香さんも、もう何もしなくていいですからそこに座っててください!」
片付けをしていた男性にぴしゃりと言われた亜実香と柚実香は、ぷぅと頬を膨らませてだまってカウンターの端に腰掛けた。
「な? グラス壊しの亜実香さんと転びの柚実香さん。で、あの手際がいいのが店長の細谷さん」
「……え?」
鳩が豆鉄砲くらったような顔をした学生は、二人の女性を見比べて「ぷっ」と小さく吹きだした。
「なんか、きれいなのに残念な感じ……」
「誰! 今『残念』って言ったの!」
店内の客は、一斉にあらぬ方を向いて肩を震わせている。
細谷は店内に向けてひとつ頭を下げ、「大変お騒がせいたしまし た」とわびた。
「細谷さん、ひどいわ、私はあみみたいに物を壊さないですよ」
「ゆずこそひどいじゃない、私が何でも壊すみたいに言わないでよ」
「あみは壊すでしょ! 私は壊さないもん」
「ゆずこそ、何にもないところで転ぶじゃない! こけゆず!」
「はい! ストップ! 亜実香さん柚実香さん、これ以上は営業妨害で追い出しますよ」
初めて来たと言っていた学生が、こっそりと目の前の学生に小声で話しかける。
「おもしれぇ……。ここ」
「だろ? 細谷さんが入れる珈琲も美味いんだよ。あ、ここ夜十九時からBarタイムになるから」
もうすっかり日は落ちて、シオンはBarタイムにシフトしている。
店内はサークル帰りの学生が多い。これもいつもの風景だった。
Barタイムは柚実香がメインシフト。カウンターでのおつまみの用意もこなす。
(亜実香はカフェタイム担当だが、店のカウンターの席を陣取り帰っていない。)
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