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「準備できた、秋鹿」
母親の言葉に「うん」と答えて、秋鹿は荷物を持ち上げる。その様子に、夏紀が眉をひそめる。きっと、母さんの目には、荷物だけが宙に浮かんでいるように見えるんだろうなと、秋鹿は思った。
夏紀は溜息をつくと、
「人のいるところでは、母さんが荷物を持つわ」
「でも、重たいよ」
秋鹿はひかえめに答えた。
「仕方ないでしょう。あんたが荷物を持って歩いたら、みんなびっくりするわ」
夏紀は眉間の皺を深くした。タメイキと、ミケンノシワ。気にしていながらも、全然治らない彼女の癖だった。
こんなことなら、本なんて詰めるんじゃなかったと、秋鹿は後悔した。だが鞄から取り出そうとしてまたぐずぐずとしては、母親の苛立ちも高まるだけだろう。
早くしなさいと云って、夏紀はさっさと玄関を出ていってしまう。秋鹿は重たい荷物を両手で抱えながら、あわてて母親の後を追った。
車の助手席に乗り込むと、夏紀が云った。
「シートベルト、ちゃんと締めなさいね」
云われたとおり、秋鹿はシートベルトを締める。夏紀は秋鹿の方を見て、再び眉をひそめたが、
「仕方ないものね。規則は規則だもの」 自分に云い聞かせるように呟いた。
「車で行くの、」
「当たり前でしょう。とてもあんたを連れて電車でなんか行けないわ」
「どれくらいかかるの、」
「三時間半くらい。上手くいけばね」
さ、行くわよと、夏紀はアクセルを踏む。秋鹿も溜息をこぼしそうだった。車は苦手だった。乗り物酔いを、しなければいいけど。
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