1095人が本棚に入れています
本棚に追加
柊は目の前に置かれたレモンタルトをじっくりと見つめて、
「このケーキ、この店で出るのははじめてですよね」
「ええ、そうよ。秋鹿が作ってくれました」
「……ハルさんじゃないんですか」
柊は秋鹿の方を見て、また表情を険しくした。ハルはなく秋鹿が作ったものと聞いて、怒ったのだろうか。秋鹿は頸を縮こませた。
柊はフォークを取ると、レモンタルトを口に運んだ。ゆっくりと、味を確かめているようだった。秋鹿は全身が心臓になったみたいにその様子を見守った。柊は静かにフォークを置くと、ごく小さな声で呟いた。
「不味い」
信じ難い一言に、ぎゅっ、と、秋鹿の喉がすぼまった。
「ハルさん、悪いけど、もうひとつ別のケーキを注文してもいいですか。ハルさんが作ったやつで」
まるで秋鹿を無視して柊はハルに頼んだ。
ハルは穏やかに頷いて、
「じゃあ、チーズケーキにする?」
「はい、そうします」
キッチンに入るハルを、秋鹿は追いかけた。
「おばあちゃん、」
あの、と、云いかけて、自分が何を云いたいのか判らない。渦のような感情に、言葉が呑み込まれていく。
「大丈夫よ、秋鹿」
ハルはそれだけ云うと、手早くチーズケーキを盛りつけて、柊の元へ運んだ。
秋鹿はキッチンへと遁げた。幼い子どもみたいに泣いてしまいそうだった。嘘だろうと、思った。信じられなかった。レモンタルトは、何度も何度も作って、食べてきたケーキだ。教わったとおりに、作れたはずだ。おいしくない、なんてことが、あるはずがない。
だが結局それから柊はレモンタルトには口をつけず、チーズケーキだけをたいらげて、帰っていった。
最初のコメントを投稿しよう!