2

16/19
前へ
/199ページ
次へ
 柊は目の前に置かれたレモンタルトをじっくりと見つめて、 「このケーキ、この店で出るのははじめてですよね」 「ええ、そうよ。秋鹿が作ってくれました」 「……ハルさんじゃないんですか」  柊は秋鹿の方を見て、また表情を険しくした。ハルはなく秋鹿が作ったものと聞いて、怒ったのだろうか。秋鹿は(くび)を縮こませた。  柊はフォークを取ると、レモンタルトを口に運んだ。ゆっくりと、味を確かめているようだった。秋鹿は全身が心臓になったみたいにその様子を見守った。柊は静かにフォークを置くと、ごく小さな声で呟いた。 「不味(まず)い」  信じ難い一言に、ぎゅっ、と、秋鹿の喉がすぼまった。 「ハルさん、悪いけど、もうひとつ別のケーキを注文してもいいですか。ハルさんが作ったやつで」  まるで秋鹿を無視して柊はハルに頼んだ。  ハルは穏やかに頷いて、 「じゃあ、チーズケーキにする?」 「はい、そうします」  キッチンに入るハルを、秋鹿は追いかけた。 「おばあちゃん、」  あの、と、云いかけて、自分が何を云いたいのか判らない。渦のような感情に、言葉が呑み込まれていく。 「大丈夫よ、秋鹿」  ハルはそれだけ云うと、手早くチーズケーキを盛りつけて、柊の元へ運んだ。  秋鹿はキッチンへと()げた。幼い子どもみたいに泣いてしまいそうだった。嘘だろうと、思った。信じられなかった。レモンタルトは、何度も何度も作って、食べてきたケーキだ。教わったとおりに、作れたはずだ。おいしくない、なんてことが、あるはずがない。  だが結局それから柊はレモンタルトには口をつけず、チーズケーキだけをたいらげて、帰っていった。
/199ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1095人が本棚に入れています
本棚に追加