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「お疲れさま、秋鹿。少し早いけれど、今日はもう店を閉めましょう」 「……はい」  秋鹿はくたくたに疲れていた。昨日の快い疲労感とは違う、重たく、不快な、へどろのような疲れ。 「おばあちゃん、」 「なあに、秋鹿」 「レモンタルト、食べてみても良いですか、」  ハルはテーブルを拭く手を止めて、顔を上げた。売り物だから、夕飯前だからと、断られるかと思ったが、 「ええ、もちろん。私も二つめをいただこうかしら」  二人はキッチンへ行くと、レモンタルトを切り分けた。紅茶も入れて、店のテーブル席に坐る。 「労働の後のケーキって、最高に素敵ですね」  ハルはすぐに「いただきます」と、皿に取ったケーキを食べはじめる。秋鹿はハルの反応を窺った。ハルは目を(ほそ)めて嬉しそうな表情をすると、 「うん、おいしい」 「……本当に、」 「あら、ケーキに関しては、私、(うるさ)いんですよ」  ハルは茶目ったっぷりに云った。「とても繊細で丁寧なケーキ。おいしいですよ」  秋鹿はほっとした。柊のあの一言は、生意気な秋鹿の態度に対する当てつけだったのだろう。 「さ、秋鹿も食べてごらんなさい。おいしいケーキは疲れが取れますよ」  うながされ、秋鹿もレモンタルトを食べる。瞬く間に安堵の気持ちは流れ去った。柊がどれほど正直だったか判った。  これは、ケーキじゃない。全然、おいしくない。  フォークを持ったまま立ち尽くす秋鹿に、「秋鹿?」と、ハルが声をかける。 「どうかしましたか、」  心配そうな口調に、「ううん……、」と、秋鹿は言葉を濁す。  ハルはレモンタルトを、おいしいと云ってくれた。ハルはやさしい人だけれど、嘘を吐く人ではない。ハルがおいしいと思ってくれたのは本当だろう。でも、このケーキは失敗だと、秋鹿は思った。こんなの、全然、レモンタルトじゃない。柊は正しかった。
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