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麗ら彦たちはロールケーキを食べると、歓喜の声を上げた。
「このロールケーキ、とっても美味しい! さすがハルさんね」
「そのケーキは、私じゃなくて秋鹿が作ったんですよ」
ハルは誇らしげに訂正する。
「あら、そうなの? さすがハルさんのお孫さんね。天才だわ」
「うん。美味しい。やさしい味がするわあ」
ねえ、と、麗ら彦の仲間が眼帯の男に同意を求める。
「……美味い」
眼帯の男は小さく云って、笑った。
「すごいじゃない、秋鹿。最高に美味しいわよ、このロールケーキ」
「あ、ありがとうございます」
一斉に褒められて、秋鹿は羞しくなった。
それから皆は昔話をして懐かしんだ。ハルが店を始めてまだ間もない頃のこと。「秋鹿が生まれる前の話ですよ」と云われ、秋鹿は不思議な感じがした。
「麗らさんにこの店に連れて来られた時は、もう吃驚したわよう。こんなにも美味しい食べものがこの世にあるのか! ってね」
「ねえ。ケーキなんて、あたしたち全然識らなかったもの。珈琲の味だって、この店で覚えたのよお」
「あんた、一番初めに珈琲を飲んだ時、毒かと思って吐き出しちゃったものね」
麗ら彦が意地悪く云う。
「厭だ、もう。そんなことさっさと忘れてほしいわあ」
皆が笑い合う中、眼帯の男がシュガーポットの蓋を開け、がっかりしたように閉じる。それを見た秋鹿は別のテーブルからシュガーポットを持ってきて、そっと取り替えた。男は含羞むように微笑むと、砂糖を二粒、珈琲に入れた。秋鹿はカウンターに戻ると、空のシュガーポットに砂糖を詰めた。
「あたしたち、なあんにも識らなかったものね。ケーキも手掴かみで食べて、そこらじゅうクリームでべたべたにして」
「それでもハルさん、怒らなかったわねえ。むしろ笑ってたわ」
「まあ、そうでしたか。きっと、あなたたちが夢中で食べてくれるのが、嬉しかったんだと思いますよ」
話は大いにはずんで、彼らは閉店時間まで店にいた。喋るのは麗ら彦と仲間たちばかりで、眼帯の男は聞いているだけだったが、愉しそうであった。
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