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 助六の云ったとおり、秋鹿に敵う相手とは思えない。言葉の通じない動物でさえ、互いに心を通わせることは出来るだろう。けれどもこの蜘蛛を相手に、それは不可能な気がした。  何もかも全てを薙ぎ払って、滅したい相手を滅ぼせる……そんな無道のにおいがする。理屈も、心も、かかわりない。ただ(ほふ)る為に、在る。そんな存在だと思った。人間とは全く別ののもの。これがあやかしの、本来の姿なのだろうか。  蜘蛛の脚が巻きついた腹部から、ふたりの毛が落ち、肉が溶け、骨があらわになっていく。このままでは本当にふたりが死んでしまう。足元に落ちている小枝が目に入った。咄嗟(とっさ)に拾い上げ、蜘蛛に見せつけるように大きく振る。そして声を張り上げる…… 「僕は此処(ここ)だぞ! 此処にいるぞ!」  ……恐怖に引き攣った喉から言葉は出てこない。蜘蛛は秋鹿に気附かない。秋鹿は必死に棒を振り回した。どうにか蜘蛛の関心をこちらに向けさせて、助六と茶漬けを()がしたい。嘔気(はきけ)を覚えながら、一歩、前に出る。(なみだ)を堪えて、もう一歩、前に出る。  蜘蛛が睛を輝かせて秋鹿の方に脚を伸ばしてきた。鋭い鈎爪は秋鹿のすぐ脇をかすめて、秋鹿は地面に尻をついた。拍子に小枝を遠くへ落としてしまう。  蜘蛛はすぐさま小枝を掴むと、真っ二つに折ってしまった。秋鹿はもう何も考えられない、動けない。助六と茶漬けが惨たらしい姿へと変えられていくのを、無力に眺めているしかない。そこへ、 「それ、開闢(かいびゃく)」  玲瓏たる一声。たちまちに目映(まばゆ)い光が辺りを覆う。  秋鹿は薄目を開けて、何事かと見れば、蜘蛛は光に苦しみ呻き、ついには助六と茶漬けを放して、(つち)の中へと沈んでいった。
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