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「ああ、挨拶が遅れたな。私は白澤の子で、無月と云う。白帝とも呼ばれている」
その名に憶えがあった。麗ら彦たちが口にしていた名前だ。ハクタクとはどんなものか判らないが、あやかしの中でも偉い立場のようだった。
「ハル殿とは旧知の仲でな。今から店に行こうとしていたところだ。お前に会いにな、秋鹿」
「え……、」
秋鹿は目を瞬かせた。
「噂に聞くハル殿の孫とは、一体どのような坊やだろうってな。しかし、まさかこんな処に蜘蛛が出てくるとは思わなかった。あの犬たちも、運の悪いことだったな」
男はふたりの倒れていた場処を見下ろした。地面の玄い穢れは先程の光で清められていたが、ふたりの血の痕は残っていた。
「ふたりがあんな酷い目に遭っているのに、何も出来なかった……」
秋鹿が振り回していた小枝が、ぽつりと落ちている。手に掴んだ感触よりもずっと繊く、頼りなかった。
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