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「あの時、助からなければ…死んでれば…」
彼女が呟いた言葉が、あの女が言った言葉を復唱したのだと、頭ではわかっていた。
でも…。
一年前のあの時――。
倒れた彼女にパニックになりながらも橋田先生に指示を仰いで処置を施した。
救急科では彼女を待ち受けてくれ、血圧も低くショック状態の彼女の原因精査に、看護師も検査科も、放射線科も迅速に対応に当たってくれた。
原因が分かり緊急手術となったときは、麻酔科の先生や、執刀する小島先生が力を尽くしてくれた。
彼女の貧血には、善意の寄付である献血も行われている。
そんな風にして繋ぎとめられた命を、彼女の口から捨てるようなセリフが出た事が、何よりもショックだった。
そして、この時の俺は自分が何もできないと、出来なかった事を悔い、でも久世さんが見せてくれた生への執着が、俺を救急医へと導いてくれたのだ。
あの時、俺の手を弱々しく握り返してくれた、その感触は今もはっきりと覚えている。
久世さんのおかげで今の自分がいる――そう断言できるだけに、俺の『今』を全否定されたような気持ちになり、それは怒りを芽生えさせるのに十分だった。
彼女の顔は、泣き濡れて瞳は可哀想なほど真っ赤だった。
「――死にたいの?」
自分の口から出たとは思えないほど、冷やかな声だった。
久世さんは返事をせず、身体を小さく震わせた。
「死にたいの?」
もう一度同じ言葉を繰り返すと、久世さんは俺の目をじっと見据え「死にたい」と答えた。
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