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そして奥まったスペースに連れて行った三人の前で、和真が目の前の物を指し示した。
「これだ」
その黒一色で、下部にワンポイントとしてなのか金色の蝶がでかでかと描かれているサンドバッグを見て、三人は揃って怪訝な顔になった。
「……はぁ? このサンドバッグが何?」
「お前専用に準備した。高さをお前の身長に合わせて調節してある。そしてボクシンググローブはこれだ」
「…………」
差し出されたそれを反射的に受け取った美樹は、無言でそれをしげしげと眺めた。すると美那が、うきうきとした口調で尋ねてくる。
「かずにぃ ぷれぜんと? ねぇね たんじょうび?」
「ああ」
「すごい! おっきい! ねぇね すごい!」
手を叩いて興奮状態になった美那だったが、それとは対照的に美久はうんざりした表情になった。
「美那……、これ微妙だよ。一面黒に、金で蝶が描かれてるなんて……。グローブもお揃いって、一体どういう趣味をしてるんだか……。姉さんもそう思うだろう?」
「……悪くは無いわね」
「げ、マジで?」
ボソッと姉が口にした感想を耳にして、美久は盛大に顔を引き攣らせた。そこで美樹が顔を上げ、不敵に笑いながら和真に注文をつける。
「でもどうせなら、サンドバッグの中央に『藤宮秀明』って名前を入れておけばもっと良いのに」
それを聞いた和真は、盛大に溜め息を吐いた。
「お前……、相変わらず実の父親を、叩きのめす気満々なんだな……。だがそんな事、できるわけ無いだろう」
「あら、どうして?」
「社長が時々、ここを利用しているからだ。自分の名前が書かれた部分が、ズタボロになったサンドバッグなんか目にしてみろ。ブチ切れるに決まっている」
呆れ気味に事情を説明すると、美樹の表情が忌々し気な物に変化した。
「ちっ、あいつが公社に寄って来る時、ここで身体を動かしてから帰るから、余計に遅くなっていたのね」
「ああ。その都度ウェアとかは貸し出しているから、手ぶらで平気だしな」
「あの野郎……、お母さんの手料理を貪り食ってるのに、一向にメタボる気配を見せないと思ったら、隠れてそんな対策を取っていたとは……。我が親ながら侮れないわね」
「別に社長は、メタボ対策で身体を動かしに来ているわけではないと思うぞ? しかし……、お前のような殺伐とした娘を持った社長に、俺は本気で同情するな」
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