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思わず和真が遠い目をした所で、美那が一際高い声を上げた。
「ねぇね きれー! かわいー!」
それに美樹が、笑いながら応じる。
「そうね。美那も大きくなったら使いたい?」
「うん!」
「ああ、ついでに美那の分も作ったぞ?」
「え?」
「かずにぃ?」
不思議そうな顔になった姉妹の前に、和真は足元にあったダンボール箱から、小さな黒いグローブを取り出した。
「ほら、こっちはオモチャの、柔らかい綿入りだがな。模様はお揃いだ」
「ねぇね おそろい? すごーい!」
「良かったわね、美那」
「ありがと かずにぃ!」
「ああ。今度それで、パンチの仕方を教えてやるからな」
「うん!」
「……こんな小さな子に、何を教える気だよ?」
大喜びで黒いグローブを受け取ってはしゃいでいる美那を見て、美久が本気で頭を抱えていると、その横で美樹が薄く笑いながら和真に声をかけた。
「和真」
「うん? どうした」
「なかなか良い趣味をしてるじゃない。ちょっと見直したわ」
「そりゃあ、伊達にお前より年は取ってないからな?」
「それじゃあこれは、私専用よ? 他の人間に触らせるんじゃ無いわよ?」
「分かってる。安心しろ」
そう言って不敵な笑みを交わしている二人を、少し離れた所から眺めていたインストラクター二人は、恐怖に慄きながら囁き合っていた。
「良いのか、あれで……」
「本人が納得していますから、良いのでは?」
そんな周囲の目など物ともせず、美樹はやる気満々で宣言した。
「そうと決まれば、叩き初めよ!! まだ訓練開始までは時間があるしね!」
「……早速やるのか?」
「勿論よ。和真、付けるのを手伝って」
「……ああ」
色々諦めた和真は美樹のグローブ装着を手伝いながら、訓練開始を少し遅らせる様に武道場に伝える事を、インストラクターに言い付けた。そして準備が整うと、美樹が新品のサンドバッグに向かって、勢い良くパンチを繰り出す。
「それじゃあ、行くわよ! くたばれ! くそ親父!!」
「きゃうぅー! ねぇね すごーい!」
「とっとと引退しやがれ、ロートル野郎がぁぁっ!!」
「うきゃあぁーっ! ろーとるー!」
そんな風に大盛り上がりの姉妹を眺めながら、美久と和真は乾いた笑いを漏らした。
「父さん……、まだ四十代前半なんだけどな……」
「社長がロートルなら、日本国民の半数以上が高齢者だな。もの凄い、超高齢化社会だ」
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