Prologue

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Prologue

煌々とした月明かりが窓に梅の枝の影を映し出している。その傍らに置かれた机の上に一冊の草子がある。彼が数日をかけて書き上げた物語三編を綴じたものだ。  彼が人里離れた金鰲山中に寄居するようになって数年が過ぎた。静謐な日々を送るうちに彼は自身の来し方について顧みるようになった。後悔は特にないが、一つだけ心に掛かることがあった。二十歳の時迎えた妻・南氏のことだった。彼女と暮らしたのは一年にも満たないだろう。あの頃は、自分のことにかかりきりで、彼女のことなど気にも留めなかった。世捨て人・雪岑となって放浪生活している時も同様だった。しかし、このところ、しきりに彼女のことが思い出された。そのためか、突然、彼女が姿を現わしたのだ。夢か現つかは分からない。妻は、じっと夫を見つめたまま何かを語りかけているようだった。 「……悦卿さま。」  今は誰も呼ばない彼の俗名で南氏は呼び掛けてきた。返事をしようとした瞬間、その姿は跡形も無く消えてしまった。  自分は彼女のために何一つしなかった。妻はもはやこの世の人ではないのだろう。今となってはもう遅いのかも知れないが、彼女ために何かをしたいと彼は思った。どうすれば妻は喜ぶのだろう? といっても今の悦卿に出来ることは限られていた。  考えた末に書き上げたのが、この草子である。ここに収録した物語を南氏は果たして気に入ってくれるだろうか?  その時、甘い香りを含んだ風が起こり、草子を巻き上げてしまった。  悦卿はその有様をぼんやりと眺めているだけだった。
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