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明るい声でこう言うと娘は梁青年の手を取り、並んで宝蓮寺の門をくぐった。
寺の本堂の方からは、何人かの僧による読経の声が聞こえてきた。娘は本堂に入り、まず本尊に合掌したのち梁青年に
「一緒にお食事しましょう。」
と言って仏像の後に張られている帳の中に入っていった。
本堂には、僧を始めとして娘の親族等多くの人がいたが、娘の姿が見えないのか誰一人として彼女の存在に気づかなかった。
梁青年は娘の両親のもとへ行き、食事に誘われたことを告げたが、娘の姿が見えない彼らには青年の言葉が今一つ理解し難く、ただ「行ってきなさい」とだけ言った。
両親の許可を得た梁青年は、娘の後を追って帳の奥へと入っていった。
彼の来るのを待っていた娘は、さっそく膳の前に坐らせ杯に酒を注いでやった。
「さあ、いただきましょう。」
二人は食事を始めたが、梁青年は読経の声が耳について落ち着かなかった。それを察してか、娘は彼にさかんに話し掛けたり酒を勧めたりしたので、次第に外の音は気にならなくなり、娘との午餐を心から楽しむことが出来た。
二人の食事の気配は帳の外にも伝わったが、それはあたかも生きている人間のもののようだった。気配はやがて仲睦ましい男女の囁き声に変わっていったが、どんなに耳を澄ましてもその内容は一言も聞き取ることが出来なかった。
娘の楽しげな様子を知った両親は、帳の中にいる梁青年に今夜は、このままここで娘と一緒に過ごすよう懇願した。青年に異存はなかった。
帳の内側では、食事を終えた二人の語らいが続いていた。
「……あなたは私のことを礼儀をわきまえない軽薄な女だと思われたことでしょうね。」
「とんでもない!」
梁青年は言下に否定した。
「倭寇に襲われ、野に打ち棄てられた私は、寂しくてたまりませんでした。万福寺で仏縁によってあなたに会えた時、この機会を逃してしまったら、今生では二度とお目にかかれないと思い、はしたないこととは知りながらも、家までお連れしたのです。あなたに出会うまで、ずっと我が身の不運を恨みました。けれど最後には、こうして楽しい時を過ごすことが出来たのですから、もう思い残すことはありません……。」
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