万福寺樗蒲記

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 ここまでいっきに話した娘の表情には安らぎの色が見えた。反対に梁青年の心は重く沈んでいた。 「この縁が前世から定められていたものというなら、私もこのまま一緒に行くことが出来るのではないだろうか。一人俗世に取り残された私はこれから何を支えに生きていけばいいのだ……。」  梁青年は、娘をしっかりと抱きしめた。 「あなたの俗世での命数は、まだ尽きておりません。ですから一緒に行くことは叶いません……。」  青年の腕の中の娘の身体の手応えは次第に頼りなげになっていった。 「あなたが私のことを想っていただけるのでしたら、どうぞ私のことを忘れないで下さい。」  こう言い終えると娘の存在は完全に消えてしまった。梁青年は堪え切れなくなり激しく哭し始めた。その声を聞き付けた娘の両親も帳の内に入ってきて、三人で肩を寄せ合って娘が完全にこの世から去ってしまったことを嘆き悲しんだ。  しばらくした後、娘の父親は傍らにあった例の銀椀を手に取り、梁青年の手に握らせて言った。 「これは君が持っていなさい。」  銀椀を見詰めている青年に父親は続けた。 「君に娘の祭祀を頼みたいのだが、やってはくれないだろうか。」  青年は顔を上げて応えた。 「私のような者でもよろしければ喜んでさせていただきます。」 「そうか、有り難う。娘には僅かばかりだが土地と使用人がいる。祭祀の足しにでもしてくれ。」  翌日、梁青年は酒と供物を持って開寧洞に向かった。道すがら彼は娘と歩きながら交わした会話を思い出して我知らず微笑んだ。目的地に着くと、仮埋葬したものと思われる小さな土山を見付けた。 ― ここにあなたは居るのか……。  こう呟きながら青年は、持ってきた酒や供物を土山の前にきちんと並べ、紙銭を燃やした後、祭文を読み始めた。彼は真心を込めてたった一人祭祀を執り行った。
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